前に戻る

位置を確認する

次に進む

反乱の夜明け #3
ウーキーのプロポーズ

年 代 出 来 事 場 面 参 考



反乱の夜明け
P.62 - P.71
 チューバッカは故郷に戻れて最高に幸せだった。父のアティッチトカックは彼を家から家へと連れ歩き、冒険者で、奴隷だったこともある息子と人間の友だちを自慢してまわった。ウーキーたちはみな、ハンとジャリクを高く評価した。
 もちろん、キャッシークは帝国軍に占領されているので、ハンはここに来た本当の目的を隠すために、大いに用心しなければならなかった。滞在のあいだ、ハンとジャリクはルークロロに住んでいる人間の貿易商のように、いつもの彼らより立派な服装をし、小間物や日常品をウーキーと交換するためにやって来た兄弟のふりをした。ふたりとも髪も目も茶色だったし、ジャリクはハンよりほんの少し背が低かったため、この偽装はうまくいった。
 キャッシークにいる帝国軍は、惑星に点在する基地からほとんど出なかった。ひとりで歩いている兵士は痕跡なしに消える傾向があるため、見回りに出るときはチームごとに出る。
 ハンとジャリクは、ときおりルークロロを巡回する帝国軍の部隊との接触を注意深く避けた。それに<ミレニアム・ファルコン>はカモフラージュされ、ジャミング・デバイスに守られた特別な“密輸業者ドック”に隠されていたから、彼らを不法な行為と結びつけるものは何もなかった。
 ハンはこのスペースドックでウーキーの技術者たちと一緒に、彼の新しい赤ん坊<ミレニアム・ファルコン>を整備して過ごした。ウーキーたちのなかには熟練した技術者もいて、彼らは何時間もハンと過ごし、すべてのシステムを調べ、すべての機器を整備してくれた。<ファルコン>は新しい船とはとてもいえなかったが、ウーキーの技術者たちのおかげで、以前よりずっと快調になった。
 チューバッカは自分がどれだけ故郷と家族を恋しがっていたか、戻ってみて初めて気づいた。みんなと再会すると、このままずっとここに留まりたい誘惑に駆られた1だが、それはできない。彼には“命の借り”がある、ハン・ソロのそばを離れることはできない。
 とはいえ、彼はキャッシークでのひと時を楽しんでいた。彼はすべての従兄弟、姉の家族を訪ねた。チューイーがこの惑星を出たあとで、カラボウはマラッコルという立派な男と結婚していた。
 甥と遊ぶのはとても面白かった。小さなウーキーは、頭がよくて一緒にいると楽しかった。それに宇宙のことをあれこれ知りたがった。そして宇宙を旅するおじに、何時間も冒険談をせがんだ。
 家族ばかりではなく、彼は古い友だちにも会った。また従兄弟で、狩りをさせたら街いちばんのフレール、クリースタク、ショラン。親友のサルポーリンがいないのが残念だった。サルポーリンは帝国に捕まり、奴隷となったのだ。その後の消息は不明で−生きているのか死んでいるのかさえも誰も知らなかった。
 果たしてサルポーリンと再び会える日が来るだろうか?チューバッカは友を見舞った不運を悲しんだ。
 しかし、慌ただしい毎日のなかでは、悲しんでいる時間はあまりなかった。友だちや家族に加え・・・マーラトバックもいる。
 彼女はチューイーの記憶よりも美しく、控えめな眼差しは昔より魅力的だった。彼は故郷に戻った最初の夜に彼女に会った。ナーサリー・リング(保育園)で教師兼介護者として働いている近所の村から、わざわざ来てくれたのだ。マーラはルークロロに多くの友だちがいたから、滞在を延ばしてほしいと頼むと快く応じてくれた。
 ふたりは枝の小道を散歩し、夜空を見上げ、樹木に住む住人の立てる柔らかな音を聞きながら何時間も過ごした。彼らはあまり話さなかったが、その沈黙が何よりも雄弁にふたりの気持ちを語っていた。
 キャッシークに着いて三日目、チューバッカは狩りに行くころあいだと決めた。ハンは積み荷の爆矢のことでカターラやキチール、モタンバと交渉するのに忙しい。この交渉はまだしばらくかかるだろう。珍しいことにコレリア人は、よく知らないキャッシークの地下組織に関心を持っていた。これに気づいたら、チューイーはけげんに思い、少しばかり不安を感じたことだろう。ふだんのハンは人のために自分の首(もしくは同価値の体の部分)を、危険にさらす生物を馬鹿にしているからだ。
 しかしチューイーは自分のことで頭がいっぱいで、ハンの奇妙な行動に気がつかなかった。彼はクイララットを仕留めるのに忙しかったのだ。クイララットは身長およそ五〇センチの生物で、茶色がかった緑のまだらな体は周囲の茂みに溶けこみ、とても見つけにくい。
 クイララットのいちばん目立つ特徴は、体中に突きだしている、針のように尖った長いクイル(刺)だ。クイララットを捕まえて殺すのも難しかった。この野獣はハンターに向かって実際に刺を“投げつける”からだ。ウーキーの男(クイララットを狩るのはウーキーの男だけだ)は、クイララットがクイルを使い果たすまで、盾のようなものを持って近づかなければならない。
 厄介なことに、クイララットは素手で捕え、ウーキーの力で殴り殺さなければならない習慣だった。弓やほかのどんな発射物も使うことはできない。
 チューバッカは狩りのことは誰にも言わず、眼下の闇が深まる一日の終わりを待ち、ルークロロを発って下へと長い道のりをおりていった。
 ウーキーでさえ、キャッシークの地表におりたものはいない。下には犠牲者の血や魂を食らう夜の獣がいると言われていた。借りを払わなかった者たちの魂がその地表に落とされ、そこを徘徊し、近づく愚か者たちを捕らえ、殺すために待ち構えている、と。
 キャッシークの生態系には七つのレベルがあり、レベル七は木の枝のてっぺんだ。最も勇敢なウーキーでさえ、ふだんはレベル四より下には行かないし、その下に何があるかは、ウーキーの伝説にも出てこない。チューバッカの知人には、この惑星の実際の地表を歩いた者はひとりもいなかった。キャッシークの最も下のレベルは謎に包まれ・・・永久に謎のまま留まるだろう。
 クイララットを仕留めるには、レベル五の下までおりなければならなかった。ここでの生活は上とは異なり、まだ夕方だというのに、ほぼ完全に真っ暗だ。このレベルに棲む動物は、薄暗い光に適応し、大きな目を持っている。ここには危険な肉食動物がいた・・・狩りのためにひとつ上のレベルに上がってくるキッキルグロロ、またの名をシャドー・キーパー(影を守る者)や、カターンだ。チューバッカは鋭く目を配り、すべての感覚を研ぎ澄ましていた。
 ブライダル・ヴェール・サッカーや、幅の広い葉っぱをつけている偽シルやおびただしいクシー蔓を見ながら森の道を歩くうちに、昔の習性が戻ってきた。太陽光線があまり射さないせいで、ここでは木々は緑ではなく、色擬せた薄い色をしている。
 チューバッカは、ごつごつしたロシュアの枝を足の底に感じながら、幅の広い道を歩いた。絶え間なく目を動かし、クイララットの足跡を捜す。やがて鼻孔がぴくっと動き、五〇年以上嗅いでいないにおいを嗅ぎつけた。
 ウーキーの目はロシュアの樹皮についた小さな引っ掻き傷を見つけた。そのすぐ横のブライダル・ヴェールの繊細な網目模様の中にも小さな裂け目がある。高さは合っている・・・そう、クイララットのクイルがこの傷をつけたのだ・・・チューイーは片膝をつき、その跡を調べた・・・それほど時間は経っていない。
 動物は、さらに小さい分枝に向かっていた。チューバッカは幅二メートルもない枝の上を慎重に進んだ。両側には灰色がかった緑茶色の淵が大きく口を開けている。
 ウーキーは感覚を研ぎ澄まし、周囲を見まわし、枝がこすれるかすかな音も聞き逃さず、鼻孔をひくつかせた。クイララットはウーキーが好む独特なにおいを持っている。
 彼は紐をつないだフレームの上に樹皮の紐を織った盾を、いつでも使えるように左前腕にのせた。
 チューイーは少しずつ進み・・・全身の筋肉をこわばらせて止まった。“あそこだ!あの葉の中にいる!”
 クイララットは危険を感じて凍りついている。チューイーは盾を差しだし、跳躍した。
 突然、クイルが雨あられと飛んできた。大部分は盾に刺さったが、ウーキーの肩や腰にも少し刺さった。チューバッカは右手を突きだし、刺のついた尻尾をつかんで独特の方法でひねった。こうすると刺が平らになる。
 怯えたクイララットはギャーギャー鳴き、噛みつこうとしたが、遅すぎた。チューイーはそれを持ち上げ、足の下の枝に激しくぶつけた。その動物はショックのあまり静かになり、続く一撃でぐったりと息絶えた。
 チューバッカは胸や肩に刺さった刺を抜き、ずきずき疼く小さな傷に軟膏を塗った。右手の小さな傷も手当てした。
 それから、そのクイララットを用意した袋に入れ、意気揚々とルークロロへの帰途についた。
 マーラトバックを見つけるのには、しばらくかかった。友人や家族はひとり残らず袋の中のクイララットのにおいに気づいているはずだから、彼女がどこにいるか聞きたくなかった。いまは助言や冗談に付き合う気分ではない。
 だが、ついに彼は、あまり使われない小道を散歩している彼女を見つけた。そのころにはキャッシークの三つの月のふたつが昇り、月の光が散歩をしている彼女の体毛を銀色に光らせていた。マーラトバックは最初、彼が近づいていくことに気づかなかった。
 彼女はコルヴィッシュの花を摘み、その茎で冠を作っていた。チューイーは、彼女がその冠を頭にのせ、左耳の後ろに小さな白い花をはさむのを見守った。
 彼はマーラトバックの美しさに打たれ、そこに立ちつくした。彼女はようやく彼に気づき、手を止めて目を上げ、彼を見た。
 [チューバッカ]彼女は優しく言った。[気がつかなかったわ・・・]
 [マーラ]チューイーは言った。[きみにプレゼントがある。受けとってくれるといいが・・・]
 彼が袋を手に近づくと、彼女は驚きからか希望からか目をみはり、立ちすくんだ。“希望であるように”チューバッカは祈った。“わが名誉にかけて、希望であるように・・・”
 チューバッカは彼女の前で止まり、さっとひざまずいて、袋からクイララットを取りだし、クイルに気をつけながらそれを手のひらにのせ、マーラトバックに差しだした。まるで地上からずっと登り続けてきたかのように心臓がすごい速さで打っていた。
 [マーラトバック・・・]チューイーはそれしか言えなかった。戦いでは感じたことのない恐れが、彼から言葉を奪っていた。もしも断わられたら?彼女がこの伝統的なプロポーズの贈り物をつかみ、死んだクイララットを投げ捨てて、彼の希望を投げ捨てたら?
 マーラは彼をじっと見つめた。[チューバッカ・・・あなたはずいぶん長いあいだ、ここを離れていたわ。わたしたちの慣習をちゃんと覚えてる?これが何の申し出かわかっているの?]
 彼女の声のからかうような軽い調子に、チューイーはほっとした。
 [わかっている]彼は答えた。[記憶力はいいんだ。離れていたあいだも、きみの顔、きみの強さ、きみの瞳を忘れたことはない、マーラトバック。きみと結婚するを夢見ていた。結婚しないか?わたしを夫にしてくれないか?]
 彼女は注意深く、硬直しはじめているクイララットを手にとり、柔らかい下腹をひと口噛んだ。承諾のしるしだ。
 チューイーの心は喜びでいっぱいになった。“承諾してくれた!わたしたちは婚約者だ!”彼は立ち上がり、葉っぱの後ろのくぼみにマーラを追いかけ、寄り添って座り、クイララットを分け合った。おいしい内臓を囓り、肝臓を味わい、このウーキーのご馳走の極上の部分を交互に食べ合った。
 [何度かプロポーズされたのよ]マーラトバックは言った。[こんなに長く待つなんて、馬鹿だと言われたわ。あなたは死んで、もうキャッシークには帰ってこないとね。でもわたしにはどういうわけかわかってた・・・あなたがいつか帰ってくることが。だから待っていたの。そしていまは喜びにあふれているわ]
 チューバッカは優しく彼女の顔についた血と組織を舐め、きれいにした。彼女もそうしてくれた。彼女の体毛はシルクのように滑らかだった。
 [マーラ・・・わたしがハン・ソロに誓った“命の借り”のことは知っているね?〕チューイーは尋ねた。ふたりとも空腹を満たされ、おたがいの体に腕をまわし、ゆったりと座っていた。
 マーラの声はほんの少し震えた。[ええ。わたしもあなたの名誉を大事にするわ。急いで結婚しましょう。あなたとソロ船長が出発する前に、なるべくたくさん一緒に過ごせるように]
 [わたしもぜひそうしたい]チューイーは言った。[どれぐらい早く準備できる?婚礼のヴェールを用意するのにどれぐらいかかる?]
 彼女は低い声で笑った。[五〇年前から用意してあるわ、チューバッカ。ずっと待っていたのよ]
 チューバッカの心は愛と誇りでいっぱいになった。[では、明日、マーラ]
 [ええ、明日・・・]


反乱の夜明け
P.62 - P.71
 イリーシアの最高位司祭テロエンザは、吊り椅子にゆったりと座っていた。彼の前では、イリーシアの名目上の長であるハット、キビクが、先月の帳簿を検討し、それを理解しようとしていた。四本卿の巨大なトランダ・ティルは心の中でうめいた。最も初歩の帳簿でさえ、このキビクは理解できない。これは初めのころこそおかしかったが、いまではうんざりするだけだ。キビクは馬鹿だ。だが不幸にしてテロエンザは、イリーシアの事業を運営できるよう、このハットを躾なくてはならないのだ。
 “だが、このキビクが順調にスパイス工場を運営していけるだけの技術を学べば、テロエンザの仕事はなくなる。ベサディはそれを承知で押しつけてくる”最高位司祭はその厚かましさに腹が立った。“まあ、そうなる可能性はかなり低いが・・・”
 デシリジクのリーダー、ジリアクの助けを得て、アラク・ザ・ハットの殺害を企てたとき、テロエンザは老アラクのひとり息子ダーガがベサディ一族のリーダーに推挙されないことを願っていた。何といってもダーガには忌まわしいあざがある。本来ならそのせいでリーダーの地位につく資格はないはずだ。
 しかし、ダーガはテロエンザが思っていたより強く、能力があることを証明した。そして最もうるさい誹謗者たちを最も簡潔なやり方で抹消した(ブラック・サンの助けを借りたと言う者もいる)。いまだにふさわしくないと言う者もいるが、最近ではこれは声高な抗議ではなく、用心深いつぶやきに近い。
 テロエンザはジアー・ザ・ハットを望んでいた。そしてこの古参のベサディがダーガを出し抜き、ベサディ一族もその一部である犯罪組織カジディクも引き継ぐほどの力を持ち、賢いことを祈っていた。
 だが、そうはならなかった。ダーガは辛くも勝利を手にし(少なくともいまのところは)、即座にアラクの方針のすべてを守れとテロエンザに通達してきた。
 それには、ダーガの馬鹿な従兄弟キビクに、この最も利益を上げている事業の運営を教えることも含まれている。
 ここイリーシアには、リバイバル集会をしながら銀河を回るトランダ・ティルの宣教師に尊かれて、信心深い“巡礼”が集まってくる。中毒性の“エグザルテイション”の餌食となった不運な人々は、宣教師に従って蒸し暑いジャングルの惑星イリーシアにやって来る。そして洗脳され、中毒となった栄養不良の巡礼たちは、喜んでイリーシアのスパイス工場の奴隷となり、日の出から日没までイリーシアの司祭たちのためにせっせと働いてくれる。
 テロエンザの種族はハットの遠い親戚だが、ハットと比べるとかなり小さく、体を支える木の幹のような脚でハットよりもよく動く。ハットの顔にやや似た幅の広い顔には、鼻孔のすぐ上にハットにはない長い角が一本はえ、鞭のような長い尻尾が背中で丸まっている。手と脚はほかの部分に比べると小さく弱い。
 しかしながら、トランダ・ティルの男の最も面白い特徴は、肉体的なものではなかった。彼らには、ほとんどの人間に“快感”を投射できる能力があるのだ。これらの感情投射が、男の喉嚢の中で作りだされる心を安らげる振動と結びつくと、強い麻薬の注射を打ったような作用を巡礼にもたらす。そして巡礼たちはすぐに毎日の“注射”の中毒となり、司祭には神の賜物があると信じこむ。
 しかしながら、これはまったくのでたらめだった。このトランダ・ティルの能力は、男が女を惹きつけるために進化の過程で発展させたものにすぎないのだ。
 「テロエンザ」キビクは不機嫌に言った。「これは理解できない。われわれは奴隷の粥に入れる繁殖抑制剤に何千クレジットも費やしていると記されている。なぜそんなものを使う必要があるのだ?繁殖させておけばいいではないか?そうすればクレジットの節約になる」
 テロエンザは大きな目玉で天を仰いだが、幸いキビクは彼を見ていなかった。「ユア・エクセレンシー」最高位司祭は言った。「もし巡礼に繁殖を許せば、働くエネルギーが少なくなり、生産高が減少します。つまり、加工され、市場に出荷できるスパイスが減るのです」
 「そうかもしれんが・・・。しかし、テロエンザ、高価な薬を使わずに目的を果たす方法があるはずだ。たとえば彼らの繁殖を奨励し、彼らの幼虫や卵を食べ物に使うとか」
 「ユア・エクセレンシー」テロエンザはかろうじて怒りを抑えた。「ほとんどのヒューマノイドは卵を生みませんし、幼虫も作りだしません。彼らは幼児を出産するのです。また自分の種族の子を食べることを忌み嫌っております」
 実際、ときおりエグザルテイションのぼんやりした状態から多少正気に戻った奴隷たちが、おたがいに興味を抱くことがある。そしてごくまれではあるが、人間の子供が生まれることもあった。テロエンザは最初、即座に彼らを殺してしまおうと考えたが、考え直した。わずかな世話で育てれば、この子供たちはやがてガードや補佐として使えるだろう。そこで、宿舎で子供たちの世話をするよう、奴隷たちに命じた。
 最近では、繁殖抑制薬が自動的に奴隷の食事に混入されるため、最後の出産から少なくとも五年は経っている。
 「ああ、幼児を出産するのか。なるほど」キビクはそう言い、顔をしかめて帳簿に目を戻した。
 “この間抜け”テロエンザはそう思った。“どうしようもない間抜けめ・・・おまえはいったい何年ここにいるんだ?巡礼に関する最も基本的な事実さえ知らないとは”
 「テロエンザ」再びキビクは言った。「もうひとつわからないことがある」
 テロエンザは深く息をついて、二〇数えた。
 「はい、ユア・エクセレンシー?」
 「船の武器やシールドに、なぜ余分なクレジットを費やす必要があるのだ?奴隷を運んでいるだけだぞ。結局のところ、われわれが充分利用したあと、スパイス鉱山や娯楽パレスに運んでいくだけだ。彼らを奪われたところで、誰が気にする?」
 キビクが言っているのは、イリーシアン星系を発とうとしていた奴隷船が、人間の反乱軍の一団に襲われた一か月前の出来事だった。しかもこの奇襲は、初めてではなかった。テロエンザは犯人を突き止めたわけではないが、おそらく主謀者は、みじめな裏切り者であり背教者であるコレリア人、ブリア・サレンにちがいないとにらんでいた。
 ベサディは彼女の首にかなりの賞金を懸けたが、いまのところ、誰もその首を取ったという者はいない。“そろそろダーガにブリア・サレンの賞金を増やすよう交渉すべきかもしれんな、テロエンザはそう思った”
 彼は大げさにため息をつきながら言った。「ユア・エクセレンシー、ここを発ったあとの奴隷の運命はわれわれの関知するところではありませんが、彼らは金になるのです。それに船は高価です。船体に大きな穴を開けられては、使い物にならなくなる−少なくとも、修理するのに莫大な費用がかかります」
 「ああ、そうだな、そのとおりだろう。わかった」キビクは眉間にしわを寄せながら言った。
 “間抜け!”
 「それで思いだしましたが、ユア・エクセレンシー」テロエンザは言った。「あなたの従兄弟に話していただきたいことがあります。われわれはここイリーシアの防御を増強すべきです。われわれの惑星がまた攻撃されるのは時間の問題です。宇宙での奇襲も困ったものですが、もし反乱グループがコロニーのひとつを攻撃してきたら、あなたやわたしが危険にさらされることになります」
 キビクは、明らかにこの助言に不安を感じたとみえ、最高位司祭をじっと見つめた。「彼らにその勇気があると思うか?」彼の声はかすかに震えていた。
 「彼らは一度ここを襲いました、ユア・エクセレンシー。あの元奴隷のブリア・サレンが率いたグループが。思いだされましたか?」
 「ああ、そうだったな。だが、それはもう一年以上も前のことだ。この惑星を攻撃するのは不毛だと学んだはずだぞ。ここの大気圏の中で船を失ったのだからな」
 イリーシアの大気圏の乱気流は、この惑星の最大の防御のひとつだった。
 「たしかに」テロエンザは同意した。「ですが、備えあれば憂いなしと申します、ユア・エクセレンシー」
 「備えあれば憂いなしか・・・」キビクは、テロエンザが驚くほど独創的な、気の利いた表現を使ったかのように繰り返した。「そうだな・・・おそらくきみの言うとおりだろう。われわれの安全は守らねばならない。今日のうちに従兄弟に話してみよう。備えあれば憂いなし・・・そう、そのとおりだ、安全第一だからな・・・」
 キビクはまだつぶやきながら、再び帳簿に目を戻した。テロエンザは吊り椅子にゆったりと座り、またしても天を仰いだ。


反乱の夜明け
P.62 - P.71
NEXT : 家庭の幸せと厄介な問題

前に戻る

位置を確認する

次に進む

Last Update 20/Jul/2000