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反乱の夜明け #12
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 ジリアクの死から五日後、ハン・ソロとチューバッカは、ナー・シャッダのコレリアン街区にあるハンの行きつけのバーにいた。ブルー・ライトでは料理は出さない。飲み物だけの、壁のちっぽけな穴みたいな店だが、ハンはここが好きだった。店の壁にはコレリアの有名な場所のホロ・ポスターが貼ってあり、彼の好きなブランドのオルデラニアン・エールが置いてある。
 バーテンのミク・フレンは年配のコレリア人。バーを買えるだけのクレジットを貯めるまでは密輸業者だった男で、ハンは彼の昔話を聞くのが好きだった。もっとも、老ミクの言うことは、すべからく割りびいて聞く必要がある。一〇メートルも空中に飛び上がったり、続けざまに宙返りしたり、指先から稲光を発する不思議なパワーを持った生物が、この銀河にいるわけがない。
 ハンとチューイーは毎晩のようにこのバーに寄る。今夜も彼らはカウンターの前に並んで立ち、グラスを手に、ミクの昔話に耳を傾けていた。ハンは誰かが店に入ってきて、自分のそばに立ったのを感じたが、そちらに目を向けようとはしなかった。
 今夜の話はこれまでにもまして血沸き肉躍る、長いものだった。昔、力の強い魔術師だった木の生物と、完璧な兵士になるために、バトル・ドロイドに命を移しかえた種族が主人公だった。
 ようやくミクの話が終わり、ハンは首を振った。「ミク、ものすごく面白かったぜ。あんたはこういう話を全部書いて、3Dの製作者に送るべきだな。彼らは番組のネタに、いつもこういう突拍子もない話を探してるんだから」
 チューイーも熱心に同意した。
 ミクはにやっと笑い、それからグラスを磨きながら新しい客に声をかけた。「で、あんたは何を飲むんだね、別嬪さん?」
 ハンはつられてミクが話しかけた右手の客を見た。そして驚きのあまり凍りついた。
 “ブリア!”
 最初は目の錯覚だと自分に言い聞かせた。ちょっと似ているだけのまったくの別人だ、と。だがそれから、いまでも忘れられない、かすかにかすれた低い声が聞こえた。「ヴィサイ水だけでいいわ、ミク」
 “これは彼女だ。ブリアだ。本物だ”
 ブリアがゆっくり彼のほうを向き、ふたりの目が合った。ハンの心臓はいまにも喉から飛びだしそうだった。が、表情は変わっていないはずだ。これまでのサバックの経験が思わぬ役に立ってくれた。
 彼女はためらい、それから挨拶してきた。「はい、ハン」
 彼は唇を湿らせた。「やあ、ブリア」そして彼女を見つめた。チューイーが突然動いて、自分が一緒にいることをハンに思いださせた。「これはパートナーのチューバッカだ」
 「ごきげんよう、チューバッカ」彼女は注意深く、ほとんど通用するウーキー語で挨拶した。おそらくキャッシークでラルラチーンに教えてもらったのだろう。「お会いできて光栄よ」
 何が起こっているのかよくわからないとみえて、ウーキーは漠然と挨拶を返した。
 「ずいぶん久しぶりだな」
 彼女はこのかなり控えめな表現に重々しく頷いた。「あなたに会いに来たの」ブリアは言った。「座って話ができる?」
 ハンは控えめにいっても、かなり複雑な気持ちだった。思いきり彼女を抱きしめ、息が苦しくなるまでキスしたいと思う一方で、口汚くののしりながら彼女を揺すぶり、なじりたい衝動も突き上げてくる。そしてまたべつの部分では、このまま踵を返し、立ち去りたい気もした。彼はもう、彼女のことなど何とも−まったく何とも−思っていないことを知らせるために。
 だが、気がつくと彼は頷いていた。「いいとも」ジョッキを取りあげたとき、チューイーがハンの腕に片手を置き、低い声で唸った。
 ハンはパートナーを見上げ、チューバッカの分別に感謝した。ブリアとはふたりきりで話したい。「いいとも、パル。先に帰っててくれ」
 チューイーはブリアに会釈し、ブルー・ライトを出ていった。ハンはオルデラニアン・エールの入ったジョッキを手に、がらんとした、薄暗い店の奥にあるブースのひとつに向かった。
 ブリアが近づき、彼の向かいに腰をおろした。ハンはこのとき初めて、彼女をじっくり眺めた。襟章や階級章はひとつもないが、彼女は黄褐色の軍服を着ていた。髪は後ろにまとめてある。短く切ってあるのか、それともひとつにまとめてあるのか、こうして見ただけではわからなかった。
 装身具はひとつもつけていなかった。ハンが好んでするように、太腿に低くつけたホルスターには、使いこまれたブラステックDL-18(ハンが腰にさげているのは、いちばん威力のあるブラステックDL-44だ)がおさまっている。ガンベルトには、予備のパワー・パックがいくつか付いていたし、鞘にはバイブロ・ブレードが入っていた。ブーツの縁がわずかにふくらんでいるところをみると、おそらくそこにも武器が隠してあるのだろう。
 彼女は前に座り、彼を見た。ハンは何か言葉を探そうとしたが、ただ彼女を見返すことしかできなかった。これが夢−さもなければ悪夢−ではなく、ブリアが実際にそこにいることが、まだ信じられない。
 ブリアも彼を探るように見つめていた。そしてしゃべりかけて口ごもり、深く息を吸いこんだ。「ごめんなさい。驚かせて。何か言うべきだったけど、頭の中が真っ白になって、何も思いつかなかったの」
 「おれを捜しに来たって?」
 「ええ。先月あなたのお友だちに会ったとき、ここはあなたの好きな店だと聞いたから・・・今夜もいるかもしれないと思って」
 「ナー・シャッダには仕事で来たのかい?」
 「ええ。スマグラーズ・レストの上の部屋に滞在してるのよ」彼女は皮肉な笑いを浮かべた。「わたしたちがあの夜コルサントで過ごした部屋よりも、みすぼらしい部屋に」
 停止していた脳が少しずつ働きはじめるにつれて、怒りも募っていった。彼はコルサントの汚い部屋をよく覚えていた。ふたりが最後に一緒に過ごした部屋だ。彼は眠りこみ・・・ひとりで目を醒ました。ブリアは彼を捨てたのだ。
 ハンは突然片手を突きだし、ブリアの手首をつかんだ。彼女に触れたとたん、ショックが全身に走った。細い骨はとても華奢で・・・もう少し力を入れれば折れてしまいそうだ。そうしたい衝動に駆られるほどハンは腹を立てていた。「なぜだ?なぜだ、ブリア?一〇年も経ってから、何の説明もなくおれの前に姿を現わすとは、たいした神経だな!」
 ブリアは目を細め、ハンを見つめた。「ハン、放してちょうだい」
 「いやだね。今度は何の答えもなしに、逃がすつもりはない」
 ブリアが何をしたか、ハンにはよくわからなかった。おそらく素手で戦うときの技のひとつだろう。急に手首をひねり、ハンの神経を突いたかと思うと、ブリアの手は自由になり、彼の手は疼いていた。ハンは目をみはってそれを見下ろし、それからブリアを見た。「きみは変わったな。すっかり変わった」褒めているのか、責めているのか、ハンは自分でもわからなかった。
 「変わらなければ−いまごろは死んでいるわ」彼女はそっけなく答えた。「それに、心配しないで。わたしはぱっと立ち上がって逃げたりしないから。ここに来たのはあなたに話があるからよ。だからそうするつもり。聞いてくれればだけど」
 ハンはしぶしぶ頷いた。「いいだろう、聞いてるよ」
 「まず、わたしが黙ってあなたのもとを去ったことを謝るわ。これまでの人生で、後悔していることはたくさんある。でも、いちばん後悔しているのはそのことよ。だけど、あのときはああするしかなかったのよ。さもないと、あなたはアカデミーに入るのをあきらめてしまったでしょう」
 「ふん、アカデミーか。そこに入ってずいぶんと役に立ったよ」ハンは苦い声で言った。「軍籍からは、一年も経たずに放りだされた。懲戒除隊になり、ブラックリストに載せられた」
 「ウーキーの奴隷を助けたためにね」彼女はそう言ってにっこり笑った。ハンは心臓を素手でつかまれたような気がした。「それを知ったときは、とても誇らしかったわ」
 ハンは微笑み返したかったが、彼の怒りはまだおさまっていなかった。「おれのことを誇りに思ってもらいたくなどないな。きみには何の借りもない。全部自分でしたことだ」
 ハンはブリアが彼の言葉に傷ついたのを見てとった。顔から血の気が引き、青緑色の目が翳り、ほんの一瞬、彼女はいまにも泣きだしそうに見えた。だが、すぐに冷たい表情が戻った。「わかってるわ」彼女は静かに言った。「でも、誇らしかったの」
 「きみこそ、ウーキーのためにずいぶん役に立ったそうじゃないか」ハンは鋭く言い返した。カターラとラルラは、そう言ってたぜ」
 「あなたはキャッシークに行ったの?」ブリアは微笑んだ。「わたしはあそこのレジスタンス・グループを組織する手伝いをしたのよ」
 「ああ。きみはコレリアン・レジスタンスのお偉方らしいな」
 「中佐なの」ブリアは静かに肯定した。
 ハンはちらっと彼女を見た。「へえ、そいつはたいしたもんだ。ブラスターを撃ったこともなかった怖がりの娘が、ずいぶん出世したじゃないか、ブリア」
 「しなくてはならないことを、してきただけよ。レジスタンスでは、昇進が早いの。あなたも加わるべきだわ、ハン」
 何気ない口調だったが、彼女が本気で勧めているのがわかった。「とんでもないな、シスター。おれはインプの部隊を間近に見てる。反乱軍が立ち向かって勝てる相手じゃない」
 彼女は肩をすくめた。「でも、やるしかないの。さもないと皇帝は、わたしたちをまるごと呑みこんでしまう。彼は邪悪な男よ、ハン。彼はサーン・シルドを排除するために、<ナー・シャッダの戦い>のシナリオを書いたんだと思うわ」
 「ああ。古きよきサーン・シルド。ダーリン・シルドだったかな?きみたちはほんとにお似合いだった」
 彼女はこの皮肉にたじろいだ。「ランドにも説明したように、彼とはあなたが思っているような関係じゃなかったのよ」
 「おれにはひどい関係に見えたがな、ブリア。あんな汚いのは、おれのいかがわしい過去にもなかった。きみがあそこで、甘ったれた声で彼に・・・」
 ブリアは口もとをこわばらせた。「あれは任務だったのよ。どう見えたかはわかっているけど、実際は、シルドはわたしに関心をもたなかった。あなたが思うような意味ではね。その点では運がよかったわ。でも、意に染まない仕事もいろいろとしてきたわ。レジスタンスのために。必要なら、何度でもするでしよう。どんな犠牲を払おうとね」
 ハンは彼女の言葉を考えてみた。「ハット・スペースを攻撃してきたのは、全部皇帝の策略だったって?本気でそう思ってるのか?だが、あれを命じたのはシルドだぞ!どうしてそんなことが可能なんだ?」
 「わたしは彼と一緒にいたのよ、ハン。とても奇妙なことが起こったの。シルドが急に変わってしまったのよ。恐ろしいくらいに。一か月前の彼とは別人になった。突然、ハット・スペースを支配下に治めることを練りはじめ、いずれは皇帝に挑戦するような話を始めたの」
 ハンは首を振った。「馬鹿ばかしい」
 「ええ。何がどうなったのか説明はできないけど、ただ・・・」彼女はためらった。「これを口にしたら、頭がおかしくなったと思われそうね」
 「何だい?話してみてくれ」
 ブリアは深く息を吸いこんだ。「皇帝は変わった能力を・・・持っているという噂よ。人々の心に働きかけ、彼らを操ることができる、一種の精神的な影響を与えられる、と言われてるわ」
 「たとえば、人の心を読む、みたいな?」
 「さあ・・・たぶんね。馬鹿げて聞こえるのはわかってるけど、わたしには、この説明しか思いつかないの。シルドは人気があったし、野心家で、堕落していた。それにパワーを強化する恐れもあった。だから皇帝は彼を・・・そそのかし・・・シルドの野心を増大させ、あのナル・ハッタへの攻撃で彼が自滅するように仕向けたんだと思うの」
 ハンは眉を寄せた。「だが、グリーランクスは?彼はそのプランのどこに入るんだ?それに誰が彼を殺したんだ?おれのせいにされやしないかと、ひやひやしていたが、あの事件は闇から闇に葬り去られた。ニュースでも、まったく取りあげられなかった」ハンはグリーランクスのオフィスの続き部屋で、不吉な呼吸音と重い足音を聞いていたときのことを思いだし、ぶるっと身震いした。
 ブリアは身を乗りだし、囁くように声を落とした。ハンも無意識に身を乗りだしていた。「あれは・・・ヴェイダーの仕業だと言われてるわ」
 ハンも囁き声になっていた。「ヴェイダー?ダース・ヴェイダーか?」
 彼女は頷いた。「ダース・ヴェイダーよ。彼は皇帝の・・・」彼女は言葉を探してためらった。「・・・強制執行者だという噂よ」
 ハンは椅子に背を戻した。ダース・ヴェイダーのことは、彼も聞いていた。だが、一度も会ったことはない。「ふん」彼は鼻を鳴らした。「まあ、とにかくおれのせいにされなくてよかったよ」
 ブリアは頷いた。「グリーランクス提督は、帝国からあの戦いに負けろという命令を受けていたの。レジスタンスの情報部の調べで、あとからわかったのよ。ハットの買収は偶然それと重なったのね。わたしの想像では、あれは最初から仕組まれたものだったんだと思う。シルドの信用を落とし、彼を排除する帝国軍のプランの一部だったにちがいないわ。そしてデシリジクと密輸業者に打撃を与えるためのね。その証拠に、帝国に奴隷を提供しているベサディは、影響を受けなかったわ」
 ハンはその点を考えてみた。「それにしても馬鹿げてるが、皇帝の噂はおれもいろいろ聞いてるからな。ぞっとするような話だ。これまでは、ヒステリックな連中の戯言だと聞き流してきたんだが」彼は短く笑い、エールを飲んだ。「ほんとだとすると・・・不気味だな」
 ブリアは肩をすくめた。「わたしたちには真相はわからないでしょうね。でも、これはもう昔の話よ。わたしが話したいのは違うこと。ハン、わたしは・・・」
 密輸業者が横のブースにふたりばかり入ってきたのを見て、ブリアは言葉を切った。ハンは店を見まわした。「どうやら少し混んできたようだな。出たいかい?」
 彼女は頷いた。ハンは彼女に従ってストリートに出た。彼らは比較的静かな歩道に出るまで、黙ったまま足早に歩いた。グライドウォーク(動く歩道)が壊れているせいか、そのあたりは人通りが少なかった。ハンはブリアを見た。「何だって?」
 彼女はハンを見上げた。「ハン、あなたの助けが必要なの」
 彼はジャバから聞いた話を思いだした。「イリーシアを攻撃するのに?」
 ブリアは頷き、微笑した。「相変わらず頭の回転が速いのね。そうよ。ジャバが攻撃に必要な資金を援助してくれるの。わたしたちは惑星全体を占拠するのよ、ハン」
 今度はハンが肩をすくめる番だった。「おれには関係ないな。おれも変わったんだ。慈善事業には興味はない。最近じゃ、金になる仕事しかしないんだ。人のために命を懸けたりしない」
 ブリアは頷いた。「そうらしいわね。でも、ただで手伝ってくれという気はないの。これは儲かる話よ。一〇〇回密輸品を運ぶよりも、たくさんのクレジットが手に入るわ」
 「おれに何をしてほしいんだ?」なぜかわからないが、ハンは再び怒りがこみあげるのを感じた。矛盾しているが、むしろ昔のよしみで助けてくれ、と言われたほうが嬉しいような気がする。
 「反乱同盟軍はまだとても新しいの。わたしたちには銃と忠誠心はあるけど、ほとんどの兵士が戦いの経験も満足にないのよ。わたしのレッド・ハンド中隊は比較的経験を積んでいるけど。わたしたちだけではこの仕事は遂行できない」
 ハンは驚きと、かなりの動揺を感じながら彼女を見つめた。「レッド・ハンド中隊?レッド・ハンド中隊は、きみが指揮を執ってるのか?」
 ブリアは頷いた。「ええ、有能な中隊よ。何度か戦闘も経験してるわ」
 「ああ、聞いたことがあるよ。奴隷制度には真っ向から反対してるそうだな」
 ブリアは肩をすくめただけで、それについては何も言わなかった。「とにかく、いま言ったように、わたしたちには、あのイリーシアの大気圏を無事に降下できるパイロットが必要なの。経験を積んだ、わたしたちを導いてくれるパイロットがね。攻撃の際の手助けもしてもらえたら、ありがたいわ。はっきり言うわね。あなたはイリーシアのディフェンスの実態を見てる。あそこを守ってるのは、任務のあいだ眠っているような、ひと握りのガモーリアンやほかのだらけた連中よ。だから地上戦はそれほど心配していないわ。問題はあのいまいましい大気圏。わたしたちはすでに一度あそこで船を一隻なくしてるの」
 ハンは頷いた。彼はすっかり頭にきていたが、うまくそれを隠していた。彼女にこの怒りをぶつける前に、話を全部聞きたかった。「あそこの気流は扱いにくいからな。だが、普通の腕を持ってる密輸業者なら、もっとひどい気流の中でも飛べる。つまり・・・きみはきみたちの船の案内役が必要ってわけだ。それとたぶん、戦闘にも力を貸せる人間が。だが、その見返りは?」
 「スパイスよ、ハン。ベサディはスパイスを蓄えてるわ。アンドリス、ライル、カスーナム、それに、もちろん、グリッタースティムもね。そうやって値段をつり上げようとしてるの。イリーシアの倉庫はスパイスでいっぱいよ。それを密輸業者と山分けするわ」
 ハンは頷いた。「なるほど・・・」
 彼女は彼を見た、「それに、あなたとわたしには・・・テロエンザの宝物殿もある。この一〇年以上で彼のコレクションもかなり増えたことでしょう。何十万、何百万クレジットという価値のあるアンティークよ・・・考えてみて」
 「何人ぐらいの規模になるんだ?」
 「まだわからないわ。この宙域の司令船に問い合わせてみないと。多くのレジスタンス・グループに、手伝ってくれるよう声をかけてるのよ。とくにボサンとサラスタンにね。イリーシアにはボサンとサラスタンが多いから。この救出に参加したいんじゃないかと思って」
 「そしてあそこの奴隷たちを自由にするんだな」
 「わたしたちの取り分のスパイスと一緒に連れていくわ。そしてイリーシアを立ち去る前に、スパイス工場を爆破する。ほかの施設も全部ね。あの地獄の穴を永久に封鎖するの」
 ハンは考えてみた。「司祭たちは?エグザルテイションは強力な武器になるぞ。いきなりあれをやられたら、こっちはお手上げだ」
 ブリアは頷いた。「そっちはジャバが手配してるわ。彼らはわたしたちが降りる前に暗殺されているはずよ」
 ハンは彼女を見て、冷たい怒りが体に満ちるのを感じた。“どういう神経だ?いまごろ急に現われて、臆面もなく自分のささやかな復讐の手伝いを頼むとは”「これはタイミングが肝心だな」
 「ええ。これは新しい同盟軍が結成されて初めての大規模な軍事行動になるわ。わたしたちは、巡礼の一部がわたしたちに加わるのを期待してるの。それにスパイスもね。革命にはお金がかかる」
 「野心的だな」ハンは言った。「自殺したけりゃ、いっそコルサントを攻撃したらどうだ?」
 「これは実現可能よ」彼女は主張した。「イリーシアにはたいした護衛力はないもの。ハン、あなたはあそこにいたんですもの。覚えているはずだわ。ええ、多少の抵抗にはあうでしょう。でも、それはわたしの部下に任せてちょうだい。あなたのお友だちはわたしたちがあそこを確保するまで、撃ちあいから離れていればいいわ。わたしの部下には戦闘経験が必要だもの。これを成功させることができれば、同盟軍に加わりたいと思う惑星も出るかもしれない。帝国に勝つためには、ひとつにまとまるしかないのよ」
 ハンは彼女を見た。「で、おれのところへ来たってわけか。おれを使って密輸業者と連絡をとり、このささやかな任務に誘うために」
 「ランドは、あなたとマコ・スピンスの話なら、みんなが耳を傾けるだろうと言っていたわ。わたしはあなたを知ってる。でも、スピンスのことは知らない」
 ハンはようやく無表情の仮面を落とし、彼女をにらみつけた。「つまり、きみはおれを一〇年前に捨て、これまでまるで知らん顔をしてきたくせに、ひと言そう言えば、おれが喜んで命懸けの仕事に友だちを集めると思って戻ってきたわけだ。きみは信用できないな、ブリア。レッド・ハンド中隊の噂は聞いてるよ。きみはもうおれが知ってた女じゃない。それははっきりしてる」
 「わたしは変わったわ」ブリアは彼の目を見つめて言った。「それは認める。でも、あなたも変わったわ」
 「ランドはきみがまだおれのことを好きだと言ってたが」ハンは冷たく言った。「あれは嘘だったんだな。あのときからすでに、おれを利用する腹づもりだったにちがいない。きみはおれのことなんか、どうでもいいんだ。大事なのは自分の革命だけだ。そして、自分の目的を果たすためなら、誰彼かまわず利用するんだ」ハンはせせら笑った。「それにあのサーン・シルドに関する戯言だって・・・ああ、そうさ、きみが、きみが−」ハンはローディア語の売春婦を意味する、いちばん汚い言葉を使った。「−でなければ、ああいう男がそばに置いておくわけがない」
 ブリアはあんぐり口を開け、ブラスターに手をやった。ハンは体をこわばらせ、いつでもブラスターに手をかけられるように構えた。だが、不意に青緑色の目に涙があふれた・・・どうやらブリアは銃を抜く気はなさそうだ。「ひどいわ」
 「最近のおれはひどいことも平気で言えるのさ。それに、おれは自分が思ってることを口にする。こんなふうにおれの前に現われるなんて、きみは最低の女だ。その可愛い顔でまただませると思ったら、大間違いだ。ああ、おれは変わったよ。利口になったんだ。きみの思惑を見抜けるようになった」
 「わかったわ」ブリアは目を瞬いて涙を払った。「だけど、わたしはともかく、ひと財産儲かる話にも背を向けるつもり?それで利口といえるかしら、ハン?わたしに言わせれば愚かよ。それに、スパイスの運び屋が倫理観をうんぬんするなんて、おかしいわ」
 「おれは密輸業者だ」ハンは叫んだ。「自分なりのルールを持ってる!」
 「ええ。ハットのためにドラッグを運んでるんでしょ!」ブリアもわめいていた。「ジャバと五十歩百歩だわ」
 ブリアはおれをハットと同類だと思っている!ハンはすっかり頭にきて、くるりと背を向け、歩きだした。
 「いいわ!」彼女が叫んだ。「マコ・スピンスに会いに行くわ!ええ、そうするわ。彼はあなたほどわからず屋じゃないでしょうよ!」
 ハンは意地悪く笑った。「彼をしゃべらせることができたら、上出来だ。せいぜい楽しむんだな。あばよ、ブリア」
 彼は彼女を残して歩きだした。ブーツの踵を鳴らし、頭を高くあげて。彼女を置き去りにするのはいい気分だった。
 とてもいい気分だった・・・。


Rebel Dawn
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 ダーガはコム・ユニットの上に投影された、プリンス・シゾールと向き合っていた。「グリから、きみの直面している問題を聞いた」プリンスは言った。「ウィラム・カマランの指揮のもとに、傭兵を二中隊イリーシアに派遣しよう。カマランのノヴァ部隊は、きみが代わりの司祭を送りこむまで、テロエンザを抑えておけるだろう。だが、代わりは早めに手を打ったほうがいい」
 「ありがたい・ユア・ハイネス。グリから聞いたかもしれないが、この助けの見返りとして、イリーシアの今年の利益の一五パーセントを差しあげたい」
 ファリーンのプリンスは不機嫌に口を結び、哀しげに首を振った。「ダーガ、ダーガ・・・きみは、わたしに多少の尊敬を払ってくれると思ったのだが。この先二年間の利益の三〇パーセントだ」
 ダーガは驚いて大きな目を瞬いた。“想像していたよりもはるかに悪い!”彼は背筋を伸ばした。「ユア・ハイネス、そんな申し出を承諾すれば、わたしはベサディのリーダーの座を追われてしまう」
 「だが、わたしの傭兵の助けがなければ、きみはまもなくイリーシアを完全に失うことになるぞ」プリンスは痛いところを突いてきた。
 今年の二〇パーセント」ダーガはそう言いながら、実際に胸の痛みを感じた。「傭兵の軍隊がイリーシアに必要なのは、ほんの一時だけだ」
 二年間三〇パーセントだ」ブラック・サンの首領は譲らなかった。「それがだめなら、きみの頼みは断わる」
 ダーガは深く息を吸いこんだ。ジリアクと戦ったときの打ち身や傷の痛みがかすかによみがえった。「わかった」彼は陰気な声で同意した。
 シゾールは気持ちのよい笑顔を浮かべた。「結構だ。傭兵はできるだけ早くイリーシアに送るとしよう。きみと取り引きができてよかったよ、マイ・フレンド」
 ダーガは必死に自分を抑えて何とかこう言った。「ありがたい。では、よろしく、ユア・ハイネス」
 彼は接続を切ると、椅子に沈みこんだ。もしもアラクが生きていたら、何と言うだろう?“トラップにはまった・・・完全にはまってしまった。せめてその中でベストを尽くすしかない”


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 ハンはその晩あまりよく眠れなかった。ブリアのことと彼女の提案が、彼の心を小惑星帯の衝突針路のように駆けめぐっていた。“彼女は信用できない・・・そうだろう?もう二度と会いたくない・・・違うか?”
 彼はまどろみ、山積みのグリッタースティムの夢を見た。それが不意にクレジットの山に変わり、その山に飛びこんで、歓声をあげながら転げまわっていると、いつの間にか彼の腕の中にはブリアがいた。彼はブリアと転がりながら、クレジットの山の中で彼女にキスした・・・想像もつかないほどの富の中で。
 彼は息を呑んで目を醒まし、それからベッドに横たわったまま、頭の下に腕を組んで、暗闇を見つめた。
 “この仕事は引き受けるべきだ。これは大金を儲けるチャンス。そして足を洗うチャンスだ・・・金さえできれば、引退できる。コーポレート・セクターに小さな家でも見つけて、そこで帝国が自滅するのを待てる・・・”
 彼は寝返りを打ったり枕を叩きながら、しばらくそのまま横になっていたが、とうとうそれ以上我慢できずに起き上がり、リフレッシャーに向かった。それからこざっぱりした服を着て、髪を梳かし、“切ったほうがいい”から“チューイーの従兄弟と間違われたいのか?”の域に達している髪をうらめしそうに眺めた。
 彼はブーツを手に、足音をしのばせて暗い静かなアパートを横切った。チューイーや、ソファで寝ているジャリクを起こしたくなかった。だが、ドアのすぐそばまできたとき、足の指が何かかたいものにぶつかり、とたんにもの悲しげな電子音が鳴りだした。
 “ジージーだ!”ハンはブーツを落とし、声に出して毒づき、さえずるように謝っている古めかしいドロイドに怒鳴った。
 「黙れ!」そう怒鳴ってドアを叩きつけるように閉めたものの、すぐにブーツを取りに戻り、再び外に出た。
 スマグラーズ・レストはコレリアン街区のはずれにあった。ハンが着いたときにはまだ店が開く前で、ベルを鳴らして夜勤の係員を呼ばなくてはならなかった。それから彼は、ブリアがどんな名前で泊まっているのか知らないことに気づいた。だが、彼女の外見を説明しはじめたとたん、退屈そうな係員の顔がぱっと明るくなった。「ああ、あの人ね」彼はそう言って唇を舐めた。「あんたを待ってるのかい?」
 「会えば喜んでくれる、と言っとこうか」ハンはクレジット硬貨を一枚カウンターに滑らせた。
 「いいとも、わかった。7Aの部屋だ」
 ハンは恐ろしく古いターボリフトに乗って七階に上がり、暗くて臭い廊下をAまで歩いた。ドアを軽くノックすると、ほどなくはっきりしたブリアの声が聞こえた。「誰?」
 「おれだ、ブリア。ハンだ」
 長い間があり、それからロックのあく音がしてドアが開いた。「両手を上げて入ってきて」ブリアは言った。
 ハンは指示どおりにした。ドアが閉まると、部屋のライトがついた。ブリアは短すぎるナイトシャツを着て、ブラスターを手にしていた。「何の用?」彼女の声は冷たかった。
 ハンは彼女の長くて形のよい脚に、ともすれば目を引かれた。「その・・・きみと話したいんだ。さっきの・・・話だが・・・考えなおした」
 「そう」彼女はまだ冷ややかな表情を崩さなかったが、少なくとも銃はおろした。「わかったわ。ちょっと待って」
 彼女は服をつかみ、リフレッシャーに入った。そして一分後にはすっかり服を着て、ブーツまではいて出てきた。
 ハンは右脚に顎をしゃくった。「そのブーツには何が入ってるんだい?」
 「ハンド・ホールド・ブラスターよ」彼女はそう答え、ちらっと凄みのある笑みを浮かべた。「女性用のちょっとしたおもちゃ」
 「なるほど」ハンは乱れたベッドの裾に腰をおろした。上掛けの中にまだ彼女のぬくもりが残っている。ブリアは部屋にひとつしかない椅子にゆったりと座った。「あのあとマコを探しにいったのか?」
 「少しばかり調べたわ」彼女は口を歪めた。「そして立ち去るときに、あなたがなぜ笑っていたのか突き止めた」
 「ああ。マコにとっちゃ、つらい変化だった。これからどうするつもりなのか、おれには見当もつかない」彼は咳払いした。「だが、ここに来たのはマコの話をするためじゃない。きみの申し出をもう一度考えてみたんだ。ひょっとすると、おれは結論を急ぎすぎたかもしれない。おれは・・・きみに捨てられて怒ってた。その怒りを吐きださずにはいられなかったんだ」
 彼はためらった。彼女は彼を見ていた。長い髪が顔のまわりに垂れている。ハンは彼女が髪を短くしていないことを知って嬉しかった。さっきは上にまとめていたにちがいない。ブリアが手を振った。「続けてちょうだい」
 「だから・・・ああ、さっきは少しばかり言いすぎた。まあ、あれが初めてってわけじゃないが」
 ブリアは目をみはった。「うそ!信じられないわ!」
 ハンは彼女の皮肉を無視した。「とにかく・・・あんなことはもう二度と起こらない。で・・・おれはきみの話に乗ることにした。きみの提案を友だちに話してみる。そしてイリーシアの大気圏をどう飛ぶか、きみのパイロットたちに教える手伝いをする。一匹狼の海賊も何人か加わりたがるだろう。仲介の労をとるかわりに、テロエンザの宝物殿のあがりの五〇パーセントか、あるいは七万五〇〇〇クレジット分のスパイスのどっちか多いほうを報酬にもらいたい」
 ブリアは彼の条件を考えた。「これからは礼儀正しく振る舞うのね?」
 「ああ。ビジネスのパートナーには、いつだって礼儀正しく振る舞ってる。これはただの・・・ビジネスだからな」
 ブリアは頷いた。「その条件を呑むわ」彼女は身を乗りだし、片手を差しだした。「ただのビジネスよ」
 ブリアには多くの男が羨むくらいの力がある、と思いながら、彼はその手を握った。「いいとも」


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Last Update 16/Jul/2000