反乱の夜明け #8-a |
年 代 | 出 来 事 | 場 面 | 参 考 |
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反乱の夜明け P.159 - P.188 |
ボバ・フェットは、何か所か立ち寄ってヴェルガ・プライムへ行く、豪華客船<クイーン・オブ・エンパイア>に乗るため、列に並んでいた。この客船はハジ輸送ラインズの<スター・オブ・エンパイア>の姉妹船で、同じように大きく、贅沢な造りだった。 ボバ・フェットは軌道上にあるドッキング・プラットフォームからこの客船に乗ろうとしていた。だが、そこにはほぼ一〇〇〇人近くの知的生物が待っている。ひとつの列に、何と何百人も並んでいるのだ。じりじりと進む列の具合からして、自分のキャビンにこの重い大鞄を運びこむまでには、最低でも一〇分はかかりそうだ。 彼の列が二、三歩進み、賞金稼ぎは足で重いケースを押しながら、それと一緒に進んだ。そしてほんの一瞬、いつもの自分が突然ここに出現したらどんなことになるか、想像してみた。いまのアナミッドとしての扮装を捨て去り、マンダロリアン・アーマーを着た、賞金稼ぎのボバ・フェットが。 これまでの経験で、ときには自分以外の人間になる必要があることを彼は学んでいた。アナミッドのごく一般的な服装は、ほとんど全身が隠れるから、扮装にはもってこいだ。アナミッドはヤブラリ星系出身の柳のように細いヒューマノイドで、頭のてっぺんから指が六本ある爪先まで、フード付きのたっぷりしたローブにすっぽり包んでいる。おまけにグローブと音声マスクをつけているため、透き通るような白い肌が、ほぼ完全に隠れてしまう。アナミッドはひとつかみの灰色がかった髪に、木の葉の形の耳、大きな銀青色の目を持つ生物だった。 ボバ・フェットは、もちろん、この音声マスクの下に、ヘッドマスクをしているが、これはきわめて良質のもので、彼の顔にぴたりと合って自然に動くようにできている。アナミッドの銀青色の目はこのマスクに作りつけられていた。いつものヘルメットなしで、つまり肉眼で見るのと同じくらいよく見えるような、特殊な造りだ。 それでも、装甲服とそれに備わったセンサーがなくては、何だか裸になったようだ。装甲服を着ていれば、視覚モードを切り替えて視界を調整し、聴覚を補強し、ヘルメット内部のスクリーンでほかのセンサーによるデータも読みとることができる。だが、アナミッドのローブとフード付きのクロークと、マスクとグローブだけでは、体が軽く、頼りない感じがする。そう、とても頼りない。 だが、これは必要な扮装だった。賞金稼ぎの身分のままこの客船に予約を入れたら、旅客も乗員も、自分が狙われているのではないかと疑心暗鬼に陥り、パニック状態になるのは確実だ。 罪の意識というものは誰にでもあることを、フェットは大昔に発見していた。銀河のほぼすべての知的生物がその過去に、自分たちの首に賞金を懸けられような心当たりがあるのだ。かつての有能な保護官ジャスター・メリール、いまでは銀河一悪名高い賞金稼ぎのボバ・フェットは、長年、さまざまないわくのある獲物を狩りながら、自分のまわりで市民が示す反応を見てきた。 幼い子供を抱いた若い母親が、彼の顔を見たとたん、まるで彼がその子供を自分から引きはがし、ふたりとも一緒に引きずっていくとでもいうように、恐怖を浮かべ、子供をぎゅっと胸に押しつけるのを見たこともある。彼が近づいただけで床に伏せ、自分たちの(大半は想像力が生みだした)死に至る罪を懺悔のようにわめきながら、命乞いをした市民もひとりやふたりではなかった。彼らは自分がフェットの獲物ではないとわかると、ほっとして立ち上がり、思いがけず自分を辱め、秘密を暴露したことに気づいて、怒りに顔を歪める・・・。 彼の並んでいる列がまた少しだけ進んだ。ボバ・フェットは無意識に自分のまわりの人々を観察していたが、彼の獲物がここで見つかるとは期待していなかった。ブリア・サレンはひとつ前の港、コレリアでこの<クイーン>に乗ったのだ。彼女が短時間しか停舶しないこのジンダインで、船の外に出てくるとは思えない。 サレンが<クイーン>の出発間際に偽名で乗ったため、ボバ・フェットは一緒に乗船できなかったのだ。ハジ輸送ラインズは、表面は帝国に忠実だが、自分たちの利益になる場合は反乱分子に好意的なことで知られている。サレンが出航の直前に乗ることができたのも、何らかのコネを利用したにちがいない。 それにまた、ブリア・サレンの偽名は、彼女がこれまでに使ったものとは異なっていた。今回の彼女は、“ブリア・ラヴァル”というスターの卵でクラブの歌手というふれこみで、大きなカジノ、チャンス・キャッスルと出演契約を交わし、ナー・シャッダに向かうことになっていた。 ボバ・フェットは銀河のさまざまな場所に、多くのデータ・ソースを持っている。たまに帝国に頼まれた仕事をすることもあって、中程度の機密なら、インペリアル・データベースで調べがつく。彼はまた、多くのニュースワイヤーやギルドのデータベースを利用することもできた。 彼は自分のシステムに“優先順位”を持つ獲物の名前と身体的な特徴を入れておいた。そして、データベース・サマリーで、<クイーン>がコレリアを離れたその朝、乗客に“ブリア・ラヴァル”という名があったことを知ると、この女のIDと外見をざっと調べた。その結果、七〇パーセント以上の率で、これが実際のブリア・サレン−コレリアの反乱軍の中佐−であることがわかった。 あとは彼女を自分の目で見て、確かめるほかはない。そこで彼はこうやって・・・長蛇の列に交じり、乗船を待っているのだった。 <クイーン>は全長二キロもあり、五〇〇〇人の乗客を収容できるばかりか、あらゆる生物が望みうるほとんどの娯楽施設を有している。屋内プール、スパ、カジノ、無重力滑空エリア、エクササイズ・ルーム、さらには裕福な人々が莫大なクレジットを費やせる高級店の数々。 フェットはまたしても二、三歩前に進み、ケースを足で押した。この鞄のカモフラージュした仕切りには、マンダロリアン・アーマーと、この仕事のために吟味した武器がいくつか隠してある。ケースの側面はデュリニウムで強化され、どんなセンサー・スキャンも受けつけない。おまけにこのケースの外殻部には極小プロジェクション・デバイスがあり、内容に関するスキャンに対しては、偽のリーディングを与える仕組みになっている。 フェットはようやく列の先頭に着き、IDとチケットと、クレジット証票を取りだした。彼の予約の確認が終わると、係は手荷物ドロイドを呼ぶと言ってくれたが、フェットは丁重に断った。しゃがれた声が音声マスクを通して共鳴した。 アナミッドは同じ種族どうしでは音声で会話をしない生物だった。代わりに彼らは、きわめて美しい形の手話で雄弁に語る。彼らは社交的な生物として知られていたから、ボバ・フェットはこの船に本物のアナミッドが乗っていないことを願っていた。彼はアナミッドの手話ができないのだ。本物が、ひとりでも乗っていたら、仮病を使ってキャビンにこもるしかない。 だが、乗客名簿にはヤブラリ星系出身の生物はひとりもいなかった。 ようやくトランクを持ってキャビンに入ると、フェットはまず盗難防止装置を起動した。このトランクをこのキャビンから運びだそうとするか、開けようとする者は、かわいそうだが、少なくとも指を失うはめになる。 <クイーン>の旅程には、いくつかの寄港先が予定されていた。そのなかには、たとえばハット・スペースにあるナー・ヘッカのような、帝国領で最も危険なエリアも含まれている。ナー・ヘッカはとても楽園とはいいがたいが、ナル・ハッタもしくはナー・シャッダの上に位置し、そこまでは頭ひとつの距離しかない。ブリア・サレンがこの船を選んだのは、これが最も大型の客船で、したがって最も安全だからだとフェットは踏んでいた。最近は海賊の活動がきわめて活発になっているからだ。 それから三日間、フェットはアナミッドの扮装で船内を歩きまわり、ほとんどひとりで過ごした。ブリア・サレンは最初の日に見つけた。彼自身の目で本人であることを確認し、あとを尾けて彼女の特別室を突き止めた。サレンはスウィートルームをとっており、三人の男と一緒だった。そのうちふたりは彼女より年配で、おそらくサレン同様、コレリアにおける反乱分子の将校にちがいない。三人目は三〇代の中ごろで、立ち居る振舞いからすると熟練した戦士のようだ。コレリア人将校のボディガードだとフェットはにらんだ。 ふたりの将校たちもこのボディガードも、ブリア・サレンも、平服姿だった。サレンはひとりでいることはめったになく、たいていは男性の賛美者に取り巻かれていた。とはいえ、彼女はそのうちの誰ひとり、自分のキャビンには連れかえらなかったし、めったに微笑も浮かべず、気軽に軽口を叩くこともなかった。サレンはサバックでも遊んだが、大きく勝つことも負けることもないように気をつけていた。船内の店もあちこち見てまわったが、たいしたものは買わなかった。 フェットはブリア・サレンを見張りながら、慎重にプランを練った。 |
反乱の夜明け P.159 - P.188 |
ランド・カルリジアンは周遊船で旅をするのが昔から好きだったが、ハン・ソロに<ミレニアム・ファルコン>を取られてからは、よくこうした旅を楽しんでいた。ハンとヴァッフィ・ラーのおかげで、いまでは標準よりましなパイロットとなったランドは、自分の中古船の店にあるどの宇宙船でも操縦することができたが、いま、店には彼が乗りたいと思う宇宙船は一隻もない。これはと思う船が手に入るのを待っている状態だった。 彼が理想とする船は、実用的な<ミレニアム・ファルコン>よりも贅沢で、しかもあれと同じくらい速く、防衛手段を備えている船だ。ランドはヨットの出物に気をつけていた。が、いまのところは、掘り出し物にぶつかっていない。 それに個人の船にはカジノはない。ランドはカジノが好きだった。彼はこの一年カジノで多くの時間を過ごし、クレジットをかき集めていた。ベスピンのサバック・トーナメントではすっからかんになったが、そのあとハン・ソロに借りた一五〇〇を何倍にも増やし、ハンがコーポレート・セクターに発つ数か月前に“借金”を返すこともできた。 <クイーン・オブ・エンパイア>とその姉妹船<スター・オブ・エンパイア>は、ランドのお気に入りの旅客船だった。この二隻は新しい客船ほど速くはないが、ハジ輸送ラインズは豪華客船の建造にかけては並ぶものがない。それに<クイーン>と<スター>はどちらも大型だった。海賊が我がもの顔に横行する近ごろでは、これは大きな利点だ。 今回、ランドは家に帰るためにこの<クイーン>に乗っていた。ナー・ヘッカからは、星系内を運行するシャトルを簡単につかまえられる。この夜、彼は最新流行の服を着て−黒い刺繍のある赤いシャツに、黒い細身のズボン−赤と黒の短いケープを粋に肩から落としていた。船内の床屋でついさっき、黒い髪と口髭も申し分なく整えてきたばかり。本物のヌマトラ蛇の革を使った柔らかいブーツが控えめな光沢を放っている。カルリジアンは立派に見えた。そしてクラブにいる数人の女性が向ける賛嘆の眼差しを、充分意識していた。 ランドは<クイーン>にある最も豪勢なナイトクラブ、スター・ウィンズ・ラウンジのサバック・テーブルで、さっきから続けざまに勝っていた。肌の近くに作った隠しポケットに注意深くしまってある財布が、かなり重くなっている。彼はこの旅で、高い船賃の四倍はすでに稼いでいた。これは悪い利益率ではない。 ギャンブルはランドにとっては立派な仕事。仕事中のランドは禁欲的で、ほとんどアルコール類には手を出さない。だが、いまはリラックスして、ターケニアン・ナイトフラワーを飲みながら、塩味の乾燥ジャー=ウィーヴィルを食べていた。スター・ウィンズのバンドはなかなかのもので、流行りのジズや、古いヒット曲の演奏で大勢の客が踊っている。ランドは少し前から、ダンスの相手に適当な、連れのいない女性客を物色していた。 だが、彼の目はひとりどころか、ふたりの男性と一緒にテーブルについている女性のところに何度も戻っていた。目の醒めるような人間の美人だ。長い赤みがかった金色の髪を結い上げ、サファイアのきらめく櫛をさしている。申し分ない容姿は彼の目を引いてやまないが、連れのふたりのどちらかが彼女の恋人かどうか、何度見てもランドには判断がつかなかった。その女はふたりのすぐ近くに座り、どちらの男が耳もとで話しかけても、微笑を浮かべてそちらに身を寄せている。だが、見れば見るほど、ランドはどちらも彼女の恋人だとは思えなくなってきた。あの微笑はどちらかというと・・・恋人というより仲間に対するものだ。たがいに肩を触れあっても、そこには離れがたそうな親密さは感じられない。 彼女に歩み寄ってダンスを申しこもうとグラスをあけたとき、運悪くラジャ・オーケストラ・バンド、ウムジング・バアブと彼のスイング・トリオの演奏が終わってしまった。バンドのメンバーは三人だが、ラジャの種族には一五の柔軟な手足がある。したがって、ひとりが少なくとも一〇の楽器を演奏することができるから、本物のオーケストラそこのけの音を出せる。実際、ウムジング・バアブとほかのふたりは、ときおり、絡み合った手足の中にたくさんの目がのぞくものの、楽器を持った手足の集まりにしか見えない。 このバンドはきわめて有能で、スイング=ポップからモダン・ジズまで、どんな曲もこなす。ギャンブラーは彼らが甘い“ムード・アンド・ムーンズ”で演奏を終わると拍手し、それからゆったりと席に座り直した。バンド・リーダーのウムジング・バアブはクルー・ホーンをおろし、ナラーゴンから離れ、手足をよじってパブリック・アドレス・システムに向かった。ラジャの声には金属的な響きがあった・・・人工的な声だから、これは驚くにはあたらない。ラジャの自然な会話は、ヒューマノイドには聞こえないのだ。ウムジング・バアブは光沢のある藤色の腕にスポットライトの光を反射させ、“話し”はじめた。「こんばんは、皆さん。今夜はここに、素晴らしいゲストを迎えています。一曲お願いできるよう説得できればと願っている、有名人です!レディ・ブリア・ラヴァル、ようこそ!」 ランドは礼儀正しく拍手したが、バンド・マスターが紹介した女性があの魅力的な美女だと知ると、彼の拍手はすぐに本物に変わった。彼女は頬を赤らめ、半分立ち上がって軽く頭をさげた。が、拍手に促され、真っ青な(ブロンドの髪を引き立たせる最高の色だ)ドレスの長いスカートをつまんで、バンドのそばに歩み寄った。 そしてウムジング・バアブと短く打ち合わせたあと、マイクの前に立ち、きらきら光る夜会靴で拍子をとった。バンドは去年のヒット曲、“スモーキー・ドリームズ”をゆっくりと演奏しはじめた。 ブリア・ラヴァルは歌いはじめた。これまでもたくさんの歌手が歌うのを聴いてきたランドには、とくに上手には思えなかった。息のつき方が不安定で、そのため高音が伸びない。だが、声は強く、調子もはずれてはおらず、ハスキーなコントラルトは耳に心地よかった。彼女の容姿と微笑が、テクニックの不足を充分補っている。ブリア・ラヴァルはいくらもたたぬうちに、男性のヒューマノイドを完全に虜にしていた。 彼女は失った恋と、甘い悲しみと、時とともに色褪せていく記憶を情熱的に歌っていた。 ランドはすっかり心を奪われ、彼女がその曲を歌いおわると、ほかの客と一緒に夢中で拍手した。ブリア・ラヴァルは魅力的に頬を薔薇色に染め、にこやかに微笑みながら、ウムジング・バアブに伴われてテーブルに戻った。ウムジングは肩膝を折ってうやうやしくおじぎすると、ラジャ・バンドのメンバーのもとに戻った。 スイング・トリオがランドの知っている曲を演奏しはじめた。ランドはためらわずに立ち上がって歌手のテーブルに向かい、わずかな差でオルデランの裕福な銀行家に先んじた。少し前に、そのあり余るクレジットの重みをだいぶ楽にしてやった銀行家だ。 レディ・ラヴァルのテーブルに着くと、ランドは頭をさげ、とっておきの魅力的な笑顔を浮かべ、片腕を差しだした。「よかったら?」 彼女は両側に座った男たちを見てかなり長く迷っていたが、それからかすかに肩をすくめ、「ありがとう」と言って立ち上がった。ランドは彼女をダンス・フロアに伴った。ブリア・ラヴァルは少し眉を寄せるようにして周囲を見まわした。「どうしましょう。この踊りは知らないわ」 ランドは驚いた。マージェンガイ=グライドは、少なくとも五年前から流行っている。「簡単ですよ」彼は彼女の肩に手を置いて、もう片方の手を彼女の指にからめた。「おれがリードします」 彼女は最初のステップをいくつか踏みそこね、一度は尖ったヒールで彼の足を踏んだものの、まもなくランドの熟練したリードにうまくついてこれるようになった。彼女のセンスはよかったし、反射神経も抜群にいい。いったん複雑なステップのパターンを覚えてしまうと、リラックスして楽しみはじめた。彼女はほぼランドと同じくらい身長があり、ふたりがスムーズにダンス・フロアを動きはじめると、テーブルについている人々が惚れぼれしたような視線をふたりに向けた。 「よかった。だいぶうまくなったね」ランドは言った。「踊るために生まれてきたような人だ」 「こうやって踊るのは何年ぶりかしら」テンポの速い曲に変わると、彼女は少しばかり息をはずませてそう答えた。ランドは三拍子のステップを踏んで、彼女をくるくる回した。彼女は少しばかりぎこちなかったが、こちらのほうは昔踊ったことがあるのは明らかだ。 「素晴らしいよ。きみのようなパートナーと踊れて、おれはこの船でいちばんの果報者だ」 ブリア・ラヴァルは踊りとこのフレーズのせいで頬を染め、輝くような笑みを浮かべた。「お上手ね」 ランドはわざと傷ついたような顔をした。「おれが?おれは真実しか口にしないと誓ってるんだ、レディ・ブリア・・・ブリア・・・なんて美しい名前だ。きみはコレリア人だね?」 「ええ」彼女はランドの腕の中で突然警戒し、わずかに体をこわばらせた。「どうして?」 「これまでに、同じ名前は一度しか聞いたことがないと思ったからさ。コレリアではよくある名前なのかい?」 「いいえ。ブルセラとイアファジェナいう祖母の名前の最初の音節をとって、父がつけてくれた名前なの。わたしがどちらの名前にも重荷を感じないように、そしてどちらもないがしろにしないために」 「賢いやり方だ。どうやらお父さんは、優れた外交手腕と機転の持ち主らしいな」 彼女は短く笑ったが、その笑い声にはかすかな哀愁がにじんでいた。「ええ、そのとおりよ。でも、驚いたわ、ランド。あなたがもうひとりブリアという名前の女性を知っているなんて。こんな名前はわたししかいないと思っていたのに」 「そうかもしれないよ。おれが知っているブリアは船だからね。友だちのハンが、借りたソロスーブ・スターマイトに、そう名付けたんだ」 ブリアはステップをはずしたものの、すぐに立ち直った。「ハン?昔の知人にハンという人がいたけど、そのお友だちはコレリア人?」 ランドは頷き、彼女をくるっと回した。そして彼女が再び自分の腕の中に戻るとこう言った。「ハン・ソロだ。古いなじみでね。まさか彼を知っているんじゃないだろうね?」 ブリアはまたしても短く笑った。「そのまさかよ。同じ人にちがいないわ。あなたの知ってるハンは、茶色い髪に、ほんの少し緑がかった茶色い瞳、あなたより髪を長くしている、とても魅力的な笑顔の持ち主?」 「わお」ランドは片方の眉を上げた。「どうやら、彼のことをよく知ってるみたいだな。あいつはまったくあちこち顔の売れてる男だ」 ランドの心得顔の表情に、ブリアは顔を赤らめ、目をそらして複雑なステップに集中するふりをした。再び顔を上げたときには、クールな、少しばかりおかしそうな表情になっていた。「わたしの過去の一部、それだけよ。ほかの大勢の男と同じようにね。あなたのロッカーにも、多少は過去の亡霊がいるでしょう?」 どうやら人に触れられたくない箇所に触れてしまったようだ。ランドはそれに気づき、喜んで話題を変えた。「まあね」 ふたりはそれから何曲か踊り、ランドは最高に楽しいひと時を過ごした。彼女のテーブルを見ると、連れの男たちはいつの間にかいなくなっていた。「きみと一緒にいたふたりは誰だい?」 彼女は肩をすくめた。「たんなる同僚よ。フェルドロンはわたしのエージェントだし、レンコヴはマネージャー」 「なるほど」ランドは密かに喜んだ。彼女があのふたりに恋愛感情を持っていないのは明らかだ。「なあ・・・一杯どうだい?どこかもっと・・・静かなところで?」 彼女はランドを値踏みするような目で見て、頷き、一歩さがって彼の腕の中から出た。「いいわ。ふたりの・・・共通の知り合いのことでも話しましょう」 ランドは彼女の片手をとり、唇に持っていった。「ああ、いいとも」 「わたしのキャビンは一一二号室よ。そうね、三〇分後ではどう?」 「三〇分後に。一分一分を数えて待つよ」 彼女はもの悲しい微笑を浮かべ、ダンス・フロアの端に立っているランドを残し、背を向けて立ち去った。ランドは満足そうに美しい後ろ姿を見送った。彼女はラウンジの出入り口で、そこに立って踊っている人々を眺めながら音楽を聴いていたアナミッドとすれ違い、その向こうに消えた。 ランドは微笑んだ。“さてと、この船にある最高のワインと、花を買うとしよう”彼はそう思いながら弾むような足どりでカウンターに向かった。“あと二九分だ” |
反乱の夜明け P.159 - P.188 |
ブリアは通路をキャビンに向かいながら、落ち着けと自分に言い聞かせていた。だが、彼女は興奮していた。ようやく、ハンのことがわかる!ランド・カルリジアンはどうやら、たんなる友だちではなさそうだ。ブリアは一刻も早く部屋に戻りたくて、ほとんど小走りに一一二号室に近づいた。“ようやく!ハンをよく知っている人間と話ができる。彼がどうしているか、どんな暮らしをしてきたか・・・いまどこにいるかわかる!” ひょっとすると、ハンはわたしがこれから行くナー・シャッダにいるかもしれないわ!キャビンのドアに着いたとき、ブリアはちらっとそう思った。およそ四八時間後には、実際に彼に会えるかもしれない!そう思うと心が弾み、躍りだしそうだった。もちろん、不安はある。彼に会ったら、どんな気持ちになるだろう?あれから九年以上も経っている・・・。 彼女は興奮のあまり震える手でロックを開け、ドアを押した。ハンとの思い出が頭を占領し、彼女は日頃の警戒心を忘れていた。目の前でドアが開き・・・次の瞬間には、後ろからものすごい強い力で押され、叫び声をあげる間もなく、スウィートのリビング・ルームに突き飛ばされていた。 踵の高い夜会用のサンダルがつるつるの床を滑り、ブリアは転びそうになるのを防ごうとした。体が倒れはじめたとき、背中に何か鋭いものが突き刺さった。 強い薬を注射された!それに気づいた一瞬後には、彼女は倒れていた。抜けていく力を振り絞ってわずかに横に体を向けると、見たこともないアナミッドがドアウェイに立っている。ブリアは友だちに警告するために、低い、喉が詰まったような叫びをあげたものの、それっきりすべてが色褪せて− 消えていき− 闇が彼女を呑みこんだ。 |
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ボバ・フェットはサレンという女がフロアに崩れ、そのまま横たわるのを見届けると、急いでドアを閉めた。そして振り向いたとたん、サレンに同行している年配のふたりが、右手の寝室から飛びだしてきた。 ボバ・フェットは片腕を伸ばし、手を屈伸させた。すると毒薬を塗った小さな矢が(サレンに使ったのは睡眠薬を塗った矢だった)彼の手首から年上の男に向かって飛び、反乱分子の将校の喉に突き刺さった。男は一度苦しそうにあえいだだけで、フロアに倒れる前に息絶えていた。 もうひとりがためらわずに体当たりしてくる。ボバ・フェットはアナミッドのケープをさっと払い、声も立てずに飛びかかってくる男を押さえた。 この反乱軍のリーダーは、戦略や攻撃のプランを練るのは得意かもしれないが、素手の闘いには慣れていなかった。ボバ・フェットは男のパンチを片腕で止め、強烈な一撃をコレリア人の咽頭に叩きつけた。 フェットは無表情な顔で、その男が死ぬのを見守った。男が息を引きとるまでには一分もかからなかった。 彼は死んだ男の上にかがみ込んだ。ひとりずつ部屋の片隅に引きずっていき、シーツでもかけておくとしよう。死者に対する敬意というよりも、突然死を迎えた人間が発する臭気を少しでも防ぐためだ。 ボバ・フェットの視界は、アナミッドのマスクでだいぶ限られていた。特別なセンサーを備えたマンダロリアン・ヘルメットがないため、危険を察知した次の瞬間には、反乱軍のボディガードが飛びかかってきた。年配のふたりと違って、こっちは闘い慣れている。彼はかろうじてそれをかわした。 賞金稼ぎは体をひねってその男から離れながら、アナミッドの重いクロークを脱ぎ捨て、それを男の顔に投げつけた。だが、敵は滑らかな動きでそれをなぎ払い、再び向かってきた。三〇代の初めごろだろう。ふたりの男が不運に見舞われたときには右手の部屋で眠っていたと見えて、上半身裸で、ズボンもはかず、ショーツだけの姿だ。 この男が素手の闘いに長けた戦士であることは、フェットにはすぐにわかった。男は両手と両脚だけでなく、バイブロ・ブレードも巧みに使った。ボバ・フェットはかすかな笑みを浮かべた。手ごたえのある敵を相手にするのは楽しいものだ。手首には毒を塗った矢がもう一本仕掛けてあるが、それを使うのはやめることにした。素手で闘うのは久しぶり、たまには体を使うのも悪くない。彼が素手で戦うに値する敵は、めったにいないのだ。 男はバイブロ・ブレードを手にバランスのとれた構えで、視線をぶらさずに踏みこんでくる。ボバ・フェットはそれを待ち、突き刺さる寸前に無重力で踊るダンサーのように内側に孤を描くと、くるりと一回転して相手の攻撃を逃れながら、片手を突きだし、右耳の後ろに鋭く手刀を入れた。 まともに当たれば気絶しそうな一撃を、最後の一瞬にほとんどかわし、ほんの一瞬ふらっとしただけで、男は首を振り、再び攻撃してきた。 ボバ・フェットは喜んでそれを迎えた。彼らはたがいの際を狙って、じりじりと回りこんだ。ちょうどランド・カルリジアンとブリア・サレンがほんの数分前、スター・ウィンズ・ラウンジのダンス・フロアで踊っていたように。 男はまたしても飛びかかってきた。ボバ・フェットはまたしてもそれを待ち、ぎりぎりのところで身をかわし、コレリア人に一撃を食らわした。今度は膝の内側に蹴りを入れた。片脚の力が抜けたとき、初めて男の顔に恐怖が浮かんだ。いまの一撃で、敵のほうが自分より数段腕がたつことを思い知らされたのだ。だが、彼は苦痛と恐怖を克服し、再び攻撃を仕掛けてきた。“自分の義務を知り、それから逃げだそうとしない。敵ながらあっぱれな戦士だ。この男はひと思いに、苦しまずに殺してやるとしよう” フェットは初めて攻撃に転じた。蹴り上げた足が狙った場所、男の手首にきまり、男の手からバイブロ・ブレードが吹っ飛ぶ。フェットはくるりと体を回し、仕上げにかかった。相手の膝の裏をひと蹴りして、首をつかみ、素早く横にひねる。すでにフロアに倒れかけていた男は、フェットの腕の中で人ぐったりとなり、息絶えた。 ボバ・フェットは男を部屋の隅に引きずっていき、そこに横たえた。それからさっきのふたりもそこに運び、ベッドのシーツで死体を覆った。この仕事が終わるころ、ブリア・サレンが身じろぎしはじめた。 |
反乱の夜明け P.159 - P.188 |
意識を取り戻したときには、ブリアは縛られていた。その縛り方があまりにも完璧だったので、一瞬後には解こうともがくのもあきらめていた。彼女は居間の贅沢な絨毯の上に、肘掛け椅子に寄りかかり、座らされていた。霞がかかったように頭がぼんやりし、ひどく喉が渇いていたが、それ以外は何の危害も加えられていない。 ただ、恐怖は感じた。ブリアはこれまでにも危険な目には何度も遭ってきた。戦闘の経験もある。だが、こんなふうに捕らわれたことは一度もなかった。こうしてひとりで座っているのは、ひどく心細かった。いったい、誰がこんなことを・・・何のために? 彼女を縛りあげたのは、あのアナミッドにちがいないが、アナミッドとはこれまで取り引きしたことはおろか、関わったこともない。それなのに、なぜ突然襲ってきたのか?あのアナミッドはおそらく賞金稼ぎだろう。それ以外の説明はつかない。 彼女は唇を舐め、深く息を吸いこんで、部屋の外まで聞こえるような悲鳴をあげようとした。そのとき、ふたつのことに気づいた。ドアを開けた者には見えないように、部屋の隅に置かれたシーツの下の仲間の死体。それとサウンド・スポンジだ。その小さなデバイスは彼女のそばのフロアの上にセットされていた。ライトが点滅しているところをみると、作動しているのだ。これではいくら大声をあげても、このスポンジに吸収されてしまう。ブリアは口を閉じ、ぎゅっと目をつぶって後ろの椅子にもたれた。“ちくしょう、誰だか知らないけど、あのアナミッドは何もかも考えつくしているようね” いったいあれは誰?あのエイリアンはどうやらダーノヴとフェルトラン、それにトリースカまで、わずかな時間で片づけてしまったようだ。トリースカは素手の闘いに優れていることで知られた戦士なのに。壁のクロノによれば、わたしが意識を失ってから、まだ一〇分しか経っていない。 ブリアは絨毯の上に座りながら、何かできることはないか考えようとした。アナミッドが部屋のドアを開け、大きなトランクを手に入ってきた。彼は重い音を立ててそのトランクをフロアに置き、ブリアが気がついているのを見て、“リフレッシャー”に入り、水を入れたグラスを持ってすぐに戻ってきた。彼はブリアのそばに膝をつき、自分の声がブリアに聞こえるようにサウンド・スポンジのスイッチを切った。「この睡眠薬はものすごく喉が渇く。これはただの水だ。あんたに危害を加えるつもりはない。あんたの首に懸かってる賞金は、無傷で届けないともらえないからな」 彼は水を差しだした。ブリアは身を乗りだし、それからためらった。これを飲むことはできないわ。この男が帝国の賞金稼ぎか情報部員だったらどうするの?口の中はからからで、喉が痛むほどだったが、ブリアは首を振った。「どうも。でも、喉は渇いてないわ」 「もちろん、渇いてるさ」アナミッドは言った。「あんたのつまらない反乱軍には、何の興味もない」彼は音声マスクを横に押しやり、グラスの水を飲んだ。「ほら、この水は安全だ」そう言って再びグラスを差しだした。 ブリアは瞬きして彼を見た。それから、渇きに負け、アナミッドの助けで喉を鳴らして水を飲んだ。彼は音声マスクをもとに戻した。ブリアは再び椅子に寄りかかった。「音声マスクがなくても話せるところをみると、あなたは本物のアナミッドじやないのね。アナミッドに扮装した賞金稼ぎね。いったい誰なの?」 アナミッドは何の特徴もない銀青色の目でブリアを見た。「いい観察力だな、ブリア・サレン。あんたの反応は気に入った。ヒステリーを起こしても疲れるだけで、何の役にも立たないからな。おれの正体についちゃ・・・おそらく、通称のほうがわかるだろう。ボバ・フェットだ」 “ボバ・フェット?”ブリアは肘掛け椅子にぐったりともたれた。彼女は目を大きく開け、さりげなく口にされただけでこの名前がもたらす恐怖と闘いながら、思わず子供のころ信じていた神に祈っていた。 ややあって、彼女は唇を湿らせ、どうにか声を出した。「ボバ・フェット・・・その名前は知っているわ。あなたが帝国の微々たる賞金を欲しがるとは思わなかった。インプが懸けている賞金は、あなたの手を煩わせる価値などないでしょうに」 賞金稼ぎは頷いた。「たしかに。だが、ベサディ一族の賞金はその百倍だ」 「テロエンザね・・・」ブリアは囁いた。「きっとそうだわ。でも、最後に聞いたときは五万で、一〇万ではなかったわ」 「あんたが<ヘロッツ・シャックル>を拿捕したあと、ベサディは賞金を倍にしたんだ」 ブリアはにやっと笑おうとした。「人気が出るのは嬉しいものね」彼女はそう皮肉った。「<ヘロッツ・シャックル>は奴隷船だった。彼らが巡礼を奴隷として売ることは、阻止しなくてはならなかった。後悔はしていないわ」 「よかった。だったら、この短い出会いはさほど不愉快なものにならずに済むな。もっと水が欲しいか?」 ブリアが頷くと、フェットはもう一杯水をくれた。今度は彼に促されるまでもなく飲んだ。トレーニングでは、捕まった場合はどうしろと教わったのだったか?ブリアは思いだそうとした。今夜は軍服を着てはいないから、苦痛を終わらせる“眠り薬”はない。それに、ナル・ハッタもイリーシアもまだずっと先・・・そのあいだにはたくさんのことが起こりうる。彼女は時間稼ぎにフェットに話を続けさせることにした。これまで教えられたかぎりでは、捕らえた相手が囚人を実際の人間とみなすようになればなるほど、囚われの状態はより過ごしやすくなる。そして相手が不注意になる場合が多い。 もっとも、ボバ・フェットがうっかりミスをおかすことなどほとんど考えられない。とはいえ、ほかにすることはないわ。違う? 部屋の隅に横たわっている死体のことは考えないようにした。 「あなたのことはいろいろと聞いているわ。全部本当のことなのかしら?」 「たとえば?」 「あなたには自分で決めたルールがあるとか。一度食らいついたら決して逃がさないハンターだが、決してはったりはかまさないとか。獲物に苦痛を与えて喜ぶようなことはしないとか」 「ああ。そのとおりだ。おれは道徳的な男さ」 「帝国のことはどう思う?」彼はこの問いにすぐには答えず、部屋に引きずってきた重いケースを点検しはじめた。その中に有名なヘルメットがちらっと見えた。「帝国は、ある点では道徳的に堕落しているが、法と秩序の行き届いた政府だ。おれはその法に従ってる」 「道徳的に堕落している?」彼女は首を傾げてそう尋ねた。「どんなふうに?」 「いくつかの点で、だ」 「実例を挙げてみて?」 ボバ・フェットはちらっと彼女を見た。黙れと一喝されるかと思ったが、彼は少し考えたあとで答えた。「たとえば、奴隷を使ってるところとか。あれは道徳的に堕落した制度で、あらゆる党派を貶めてる」 「ほんとにそう思う?」ブリアは叫んだ。「だったら、わたしたちには共通点があるわけね。わたしも奴隷制度は嫌いだもの」 「そうらしいな」 「奴隷だったことがあるの。ひどい状態だったわ」 「わかってる」 「わたしのことをよく知っているようね」 「ああ」 ブリアは唇を舐めた。「最近ベサディを率いているのは誰だか知らないけど、そのハットとテロエンザは、わたしを恐ろしい目に遭わせて、殺すつもりなのよ。そうでしょう?」 「ああ。あんたにとっては不幸だが、おれは金が稼げる」 ブリアは頷いた。そして彼を訴えるように見つめた。「すっかり調べているなら、わたしに父がいることも知ってるわね?」 「ああ」 「だったら・・・こんなことを頼むのは奇妙に思えるでしょうけど・・・あなたは気にしないかもしれない・・・」ブリアは涙をこらえ、言葉を途切らせた。これで自分もおしまいだ、この窮地から逃れる術はないという事実が、ようやく実感を伴ってきたのだ。 「何だ?」 彼女は深く息を吸いこんだ。「父には何年も会っていないの。父とはとても仲がよかったのよ。母と兄はどうでもいいの。でも父は・・・」ブリアは肩をすくめた。「わかるでしょう。レジスタンスに身を投じたとき、もう父と会うのは危険すぎると思った。わたしばかりでなく、父にとってもね。でも、これまではどうにか方法を見つけて−安全な方法よ−わたしが生きていることを知らせてきたの。一年に何度か、とても回りくどいルートで、“ブリアは元気だ”みたいな簡単なメッセージを父に届けてきたのよ」 「続けろ」ボバ・フェットは抑揚のない声で促した。 「とにかく・・・父にわたしからのメッセージを待ち続けてほしくないの。よかったら・・・わたしが死んだことを父に知らせてくれる?わたしにとっては父はとても大切な人なの。思慮深い、思いやりのある人よ。帝国にも税金を払っているし、ちゃんとした市民だし。だから・・・名前と住所を教えたら、メッセージを送ってくれる?ブリアは死んだ、と。それだけでいいわ」 驚いたことに、ボバ・フェットは頷いた。「わかった。彼の名前と−」 ドアのチャイムが鳴り、ボバ・フェットは言葉を切った。ブリアは飛び上がった。フェットはまるで猟犬のようにさっと立ち上がった。 再びチャイムが鳴った。サウンド・スポンジのせいでくぐもった声が、ドアの外から聞こえてきた。「ブリア?やあ、おれだ、ランドさ!」 「カルリジアンか」ボバ・フェットは静かにつぶやき、急いでサウンド・スポンジの出力をあげて、入口に向かい、キーを開け、ドアの後ろに立った。 「ランド、だめよ!」ブリアは叫んだ。「帰ってちょうだい!」だが、サウンド・スポンジが叫び声を吸いこみ、ブリアの叫び声は部屋の中に響く代わりに、囁き声にしかならなかった。 |
反乱の夜明け P.159 - P.188 |
花と極上ワインのボトルを抱え、ランドは喜び勇んでブリア・ラヴァルの部屋に入った。「悪い、二、三分遅くなった。花屋が閉まっていたんで、ちょっと−」 カルリジアンはブリアが肘掛け椅子を背にしてフロアに座り、後ろ手に縛られているのを見て目をみはり、混乱して言葉を切った。部屋の隅には何やらシーツをかぶせたものがこんもりしている。自分がたったいまひどい間違いをおかしたことに気づいて、ランドは後ずさった。 彼の後ろでドアが閉まった。「どうしたんだ?」だが、彼の声は低いつぶやきにしか聞こえない。彼はブリアの視線を追って後ろを振り向き、ひとりのアナミッドが自分を見ているのに気づいた。 「また会えて嬉しいぜ、カルリジアン」アナミッドは言った。「おれが仕事と楽しみを絶対に混同しないことに、感謝するんだな」 「いったい−」ランドは言いかけ、それからフロアに広げてある大きなトランクに気がつき、目を見ひらいた。「フェット・・・」 「ああ」ボバ・フェットは答えた。「そいつは、おまえから聞く最後の言葉にしてもらうぞ、カルリジアン。おれはおまえを殺りにきたわけじゃない。だから、今夜のところは見逃してやってもいい。役に立ってくれるかもしれんしな」 ランドは言い争うような馬鹿な真似はしなかった。彼はおとなしくワインと花を下に置いた。数分後、彼はブリアから数メートル離れて、彼女と同じように完璧に縛られ、ソファを背にして座っていた。 ボバ・フェットはブリアを見た。「明日、ナー・ヘッカのドッキング・プラットフォームに着いたら、おれとあんたは<クイーン>を降りて一緒に歩いていく。おれは武器を持ってるが、外見からは見えないし、セキュリティ・スキャンでもばれない。あんたには、ひと言もしゃべらずにおれの右側にいてもらう。わかったか?」 ブリアは頷いた。「ええ、でも、ランドはどうなるの?」気づかうような調子に、ランドは感謝をこめてブリアを見た。 「あんたしだいだな、ブリア・サレン。おれの言うとおりにして、ほかの人間によけいなことを訴えたりしなければ、カルリジアンはこの部屋に残していく。両手を縛り、猿ぐつわをかませるが、生きたままにしとくよ」 ブリアは眉を上げた。「わたしを信頼してくれるわけ?」 「ああ、そうとも」ボバ・フェットはかすかな皮肉をこめて答えた。「あんたは罪もない人間の命を、自分の命より大事にする人間だ。ああ、おれにはわかってる。だが、念のために・・・カルリジアンの体にはリモート・コントロールできるデトネーターをつけていくつもりだ。おれたちが途中で問題にぶつかれば、掃除ドロイドは壁にこびりついたカルリジアンの肉片を掃除するはめになるだろうよ」 ランドはごくりと唾を呑みこんだ。 ブリアはちらっとランドを見て、安心しろというように微笑んだ。「わたしはあなたが言うとおりの女よ。騒いだりしないと誓うわ」 「よし」フェットは答えた。「いまのところは−」 突然、<クイーン・オブ・エンパイア>中に、けたたましいアラームが鳴りだした。ランドは驚いて、びくっと背筋を伸ばした。あれはいったい− 一五秒後、<クイーン>は飛び跳ねるように−まさしくこの形容どおりに−揺れた。巨大な船体が嵐の海に浮かんだブイのように動く。胃が痙攣するのを感じながら、ランドは横に倒れた。ブリアを見ると、どうにかまっすぐ座っているものの、いまにも吐きそうだ。 「いったい何かしら?」ブリアはあえいだ。ランドは、ボバ・フェットに黙っていろと命じられたことを思いだしながら、何とかまっすぐに起き上がろうとした。 「ハイパースペースから出たとたんに−」フェットが言った。「−突然、重力シャドーに出くわし、安全装置が自動的に反応したにちがいない」 ランドは両手を後ろに縛られたまま、ようやく寝返りを打ち、上半身を起こしながら、フェットの慧眼に心の中で拍手を送った。 「でも、どうして?原因は何?エンジンが故障でもしたの?」 「その可能性はあるが、おそらく攻撃されたんだろう。帝国軍のインターディクター・クルーザーなら、船をハイパースペースから引っぱりだすことができる」 「だけど、なぜ帝国軍が周遊船を攻撃してくるの?」 ランドも同じことを考えていた。が、答えは思い浮かばなかった。船は抗おうと必死に船体を震わせている。ブリアは振動の原因を突き止めようとするように、眉を寄せた。「攻撃という読みは正しいわね。この船はトラクター・ビームに捉えられたんだわ」 賞金稼ぎはトランクをつかみ、それを豪勢なスウィートの壁を飾っている、装飾的なスクリーンの後ろに引きずっていった。脱ぎ捨てられるローブの衣ずれの音がかすかに聞こえた。 ランドはブリアの視線を捉えた。「いいか、レディ・ブリア。もしも逃げるきっかけがつかめたら、おれを信じて、おれのリードに従ってくれ」彼はブリアが了解して頷き、弱々しく微笑むまで何回もそう口を動かした。 数分後、マンダロリアン・アーマーに身を包んだ賞金稼ぎが、ブラスター・ライフルを手に姿を現わした。目に見える武器はライフルだけだが、ランドは経験から知っている。この賞金稼ぎは、まるで歩く武器庫のように完全武装しているのだ。フェットはブリアに歩み寄ると、くるぶしの枷をはずし、それからランドのもはずした。「ふたりとも、一緒に来るんだ。いいか・・・カルリジアン、忘れるなよ、あんたのことはいつ殺してもかまわないんだ。レディ・サレン・・・馬鹿な真似をしたら、カルリジアンの命はないぞ。わかったか?」 「ええ」 ランドも頷き、それから両手を縛られているにもかかわらず、助けを借りずに立ち上がった。ボバ・フェットは紳士的な行為を真似て、ブリアが立ち上がるのに手を貸した。ブリアはハイヒールの上でわずかにふらついたものの、立ち上がり、足の指を屈伸させ、両足のしびれが戻ってくる感触に顔をしかめた。 フェットはサウンド・スポンジを拾い上げ、スイッチを切ってズボンのポケットにしまった。音を吸いとるデバイスがなくなったとたんに、ブラスターの発射音や悲鳴、走りまわる足音が聞こえた。船内のスピーカーが大声でわめいている。「乗客のみなさん・・・落ち着いてキャビンで待機してください。侵入警報が鳴っていますが、本船の乗員が秩序を回復しようと努力しています。状況に変化がありしだいお知らせいたします。落ち着いて留まってください。乗客のみなさん・・・」 “ああ”とランドは思った。“彼らは秩序を回復してくれるだろうよ・・・きっとしてくれる・・・”ギャンブラーがちらっとブリアを見ると、彼女はかすかに肩をすくめた。 彼らはドアの前に立った。フェットはランドに合図した。「開けろ」 通路は完全な混乱に陥っていた。三人は悲境をあげて走っていく乗客が通過するまで、待たなくてはならなかった。ほとんどが寝巻きかローブのまま、飛ぶように駆けていく。フェットは片手に持っている手のひら大のデバイスにちらっと目をやり、ふたりに指示をだした。「右に曲がれ」 ランドとブリアはおとなしく従った。両手を後ろに縛られたまま歩くのは、思いのほか難しかった。バランスが取りにくいのだ。 彼らは必要に迫られて何度かドアウェイで足を止め、わめきながら走っていく大勢の乗客をやり過ごした。乗船デッキに近づくにつれ、ブラスターの銃声も近くなっていく。 彼らは乗客用キャビンのあるエリアをあとにして、フェットの指示でいくつかグライド・ウォーク(動く歩道)に乗った。音の具合からして、ドッキング・エリア付近で激しい攻防戦が繰り広げられているようだ。戦いの音はますます大きく、近くなる。シャトル・デッキに近づくと、通路には死体が散らばっていた。ほとんどが制服を着たこの客船の乗員だ。乗客の死体もいくつか交じっていたが、帝国軍の軍服を着た死体はひとつもなかった。よろめきながら歩いていくブリアが、ちらっとランドを見た。これだけの死体を見ても、彼女が落ち着いていることに、ランドは驚いた。普通の市民は死体を見れば、動転し、気分が悪くなるものだ。 ランドは攻撃している相手を確認しようと目を細めた。だが、いまのところ、敵の姿はひとりも見えない。たとえ手を縛られていても、三人でシャトルに乗りこむ前にどうにかしなくてはならない。ランドは乾いた唇を舐めながら、そう思った。シャトルに乗せられてしまえば、逃げるチャンスはない。彼はちらっと横にいるブリアを見た。この女は、おれが行動にでたら、どの程度掩護できるだろう? なぜこの美しい娘が−ブリアはせいぜい二五歳ぐらいにしか見えない−ボバ・フェットに追われるはめになったのか?ランドはちらっとそう思った。ブリアは何かいわくのある女にちがいない。これまでの彼女の態度も、この判断を裏づけている。大半の市民は、この銀河一恐ろしい賞金稼ぎに直面したら、腰が抜け、がたがた震えて、口もきけなければ歩くこともできないだろう。そういう意味では、ブリアは明らかに普通の市民ではない。 シャトル・デッキに向かう通路へと角を曲がったとたん、彼らは客船に乗りこんできた一行に出くわした。ランドは凍りつき、ブリアも立ちすくんだ。ランドのファッション・センスとはまるで正反対の、ちぐはぐでけばけばしい服を着て、安物の宝石までつけた冴えない連中が、一二、三人彼らの行く手をふさいでいる。 ブリアが囁いた。「海賊だわ!」 突然すべてがはっきりし、ランドは<クイーン>に何が起こったか悟った。このトリックは、以前にも見たことがあった。海賊どもは<クイーン>のハイパースペース座標の類推リアルスペースに、かなり大きな小惑星を引きこんだのだ。そのため、小惑星の重力井戸の重力“シャドー”で、ハイパードライブの安全装置が作動し、<クイーン>は突然リアルスペースに引き戻された。独創性に富んだ巧妙なプランだ。おまけに、この手を使うにはでかい船と、大胆なリーダーが必要だ。ランドの胸に希望がこみあげた。“彼女にちがいない。これだけ大型の船を攻撃するほど向こう見ずな海賊は、ほかには考えられない” 「引き返せ!」ボバ・フェットが叫んだ。ふたりの囚人は従順にいま来た通路を戻りはじめた。ランドとブリアは走ろうとしたが、両手を縛られたままで歩くのが難しいとしたら、走るのはほとんど不可能だった。彼はいまにも転び、そのせいで、ボバ・フェットに撃ち殺されるのを覚悟しながら、ぎこちなく走った。 ボバ・フェットにせきたてられ、ふたりの囚人はどうにか小走りに退却した。だが、べつの曲がり角に達すると、ランドの目の前でまたしてもあざやかな色が閃いた。こっちにも海賊がいる! 「止まれ!」ボバ・フェットの声は、メカニカル・スピーカーを通すせいでよけいとげとげしく聞こえた。 賞金稼ぎはブリアをドアウェイに押しつけ、それからランドを盾代わりにその前に立たせた。「動くなよ、カルリジアン」フェットはかん高い声で命じ、前方を見渡せる場所まで移動した。 走ってくる音が聞こえ、ほぼ同時に通路の右と左から来た海賊が合流した。フェットは武器の点検を済ませ、戦うつもりか身構えている。だが相手は何人だ?“二五人か?三〇人か?もっと大勢かもしれない” ふたつのグループは彼らに近づき、それから迷うように速度を緩めた。まあ、それも無理はない。これがランドでも、これだけの数の差があっても、ボバ・フェットに最初に発砲する男になりたいとは思わないだろう。フェットのことだ、かなりの敵を道連れにするにちがいない。 「どうしたのさ?」聞き覚えのあるしっかりした低い声が、海賊たちの後ろからわめいた。ランドはほっとため息をついた。「ボバ・フェット。バラブの地獄もびっくりだね。こんなところで何をしてるんだい?」 「仕事さ」ボバ・フェットは答えた。「レンサル船長、あんたと争う気はない。おれは獲物を連れてシャトルに乗り、この船を立ち去る」 ランドは肺に空気を満たし、叫んだ。「ドレア!おれだ・・・ランドだ!おい、会えて嬉しい−」賞金稼ぎが素早く一歩さがり、みぞおちにブラスター・ライフルの銃尻を突き入れた。ギャンブラーはうっとうめき、体をふたつに折ってあえいだ。 海賊の列がゆっくりと分かれ、ランドの元恋人で、海賊の隊長、ドレア・レンサルが現われた。ドレアは冷たい灰色の目をした、四五歳の大柄な色白の女だった。髪を銀と金の縞に染め、いつものように奔放な色の組み合わせの服を着ている。赤い縞のストッキング、片側にひだのある紫のスカート、ピンクのシルクのシャツに防弾チョッキといういでたちだ。短くてかたい髪は、オレンジ色の長い羽根飾りがついたベレー帽に半分隠れていた。 ランドは苦痛をこらえ、体を起こそうとした。ドレアに手を振りたかったが、もちろん、両手は背中で縛られている。それにそんな馬鹿な真似をしたら、たぶんボバ・フェットにライフルで吹っ飛ばされるだろう。 レンサルは三人を眺め、こう言った。「ランド、あんたは賞金が懸かってるなんて、言わなかったじゃないの」 正直な話、セントラリティでは、彼の首にはいくつか賞金が懸かっているが、ここは帝国領だ。「賞金なんか懸かってないさ、ドレア」彼は苦しい息をつきながら答えた。「おれはただ・・・悪いときに・・・悪い場所に居合わせただけなんだ」 レンサルはボバ・フェットを見た。「フェット、いまのはほんとかい?カルリジアンには賞金は懸かってないの?」 賞金稼ぎはためらったものの、しぶしぶ答えた。「本当だ。この男には借りがあるが、それは・・・個人的なものだ」 ドレア・レンサルは、しばらく考えていた。「だったら、カルリジアンはここに置いてってもいいんだろ。ランドは古い・・・なじみなのさ。あんたと一緒に行かせたら、寝醒めが悪くなるかもしれない。カルリジアンは放してやっとくれ。そうすれば、ただでシャトルに乗せて黙って見送ってやるよ」 ボバ・フェットは頷いた。「いいとも」そしてランドの顔を見もせずに言った。「カルリジアン・・・行ってもいいぞ。今度会うときまで・・・あんたの命は預けとく」 ランドは、自分の横を通れるように、ブリアが離れるのを感じた。彼はこの場を離れ、安全な場所に、ドレアとその一味のそばに、行きたかった。何よりもそうしたかった。だが、こう言った。「いや、ドレア。おれはレディ・ラヴァルと一緒じゃなければ行かれない。あんたはブリアを見殺しにすることはできんぞ」 |
反乱の夜明け P.159 - P.188 |
ボバ・フェットはめったに驚かない男だが、ランド・カルリジアンのこの言葉を聞いたときは、さすがの彼も驚いた。仰天したといってもいい。カルリジアンはただ威勢がいいだけの、めかし込んだギャンブラーだと思っていたからだ。フェットはちらっとカルリジアンを見た。いまのはギャンブラー特有のはったりか?この男はティバナ・ガスを吹いてるだけか?だが、こわばった顔の表情からして、カルリジアンは本気らしい−ブリアと一緒でなければ、この場を立ち去る気はなさそうだ。 フェットはドレア・レンサルに目を戻した。この女はどの程度カルリジアンを気にかけているのか?カルリジアンがレンサルの古い恋人だったことは確かだが、レンサルは実際的な女だ。実際的で冷酷でなければ、でかい海賊と傭兵艦隊のリーダーにはなれない。レンサルは馬鹿なカルリジアンを切り捨てるかもしれない。そうとも、元恋人にいまの恋人を助けてくれと頼むなど、これが馬鹿でなくてなんだ! レンサルはカルリジアンを見つめ、ため息をついた。「ランド、ハニー、あんたはキュートだし、ダンスもうまいけど、無理を言うのはやめてちょうだい。どうしてあたしが、そのふしだらな女を助けなきゃならないんだい。あんたのいまの恋人なの?」 「いや、ドレア。おれたちは何の関係もない。このブリアはハン・ソロの恋人なんだ。ハンは<ナー・シャッダの戦い>で、自分の命を懸けて、あんたのYウイングや<レンサルズ・フィスト>が<ピースキーバー>に吹っ飛ばされるのを防いだ。あんたはハンに借りがあるとおれは思うが」 フェットはまたしても驚いた。ブリア・サレンとハン・ソロ?だがこの関係はかなり昔のものにちがいない。一年以上もこの女の動静を探っていたあいだ、サレンは一度もソロとは接触しなかったのだから。 レンサルは目を瞬いた。「ブリア?この人の名前はブリアなの?ソロの船と同じ名前?これがあのブリア?」 カルリジアンが頷いた。「ああ、あのブリアだ」 ドレア・レンサルは顔をしかめて毒づいた。「ランド・・・あんたはあたしの人生を複雑にして楽しんでるのね。そうでしょ?このお返しはしてもらうわよ、ベイビー。いいわ・・・あんたの言うとおりよ。借りは借り」彼女は防弾チョッキの下に手を突っこんで、見るからに重そうなポーチを取りだした。「宝石にクレジットよ、フェット。五万クレジット以上のものが入ってる。ふたりとも放してくれれば、あんたがシャトルに乗るのは止めないよ。争いは嫌いだけど・・・このふたりを連れていかせるわけにはいかない」 ボバ・フェットは目の前の海賊たちを眺め、彼らと戦ってこの船を逃れるチャンスを素早く計算した。海賊は全部で三二人−これは決してよいオッズとはいえない。このアーマーなら、たぶん、彼自身が脱出することはできるだろうが、ブリア・サレンは肩も露わなイヴニング・ドレスだけだ。撃ち合いになれば彼女は怪我をする、たぶん死ぬだろう。彼女の首に懸かっている賞金は、怪我をさせずに生きたまま、が条件だ。 ボバ・フェットは分厚い装甲服を着た海賊たちを見て、それからブリア・サレンを見た。かすかな感情が頭をかすめた。驚いたことに、それは安堵だった。ブリア・サレンは、堕落したイリーシアの最高位司祭が小さな手をこすり、満面の笑顔で責めさいなむ面前で、今日もしくは明日、苦しみながら死ぬことはない。 フェットは深く息を吸いこんだ。「この女の賞金は一〇万だ」 「わお!」レンサルはブリアを見た。「ハニー、キャッシークの夜の悪魔の名にかけて、いったいあんたは何をしたのさ?いいわ、フェット、この吸血鬼」レンサルは踵を返し、海賊たちに向かってポーチを開け、それを差しだした。「さあ、紳士方、<クイーン>からあがるあたしの稼ぎの五〇パーセントをいま集めさせてもらうよ。ここに入れとくれ」 さすがレンサル、海賊たちはひと言の不満もなしに、おとなしくポケットやポーチに手を突っこんだ。レンサルのポーチはまもなくふくれあがった。 彼女は振り向いて、それを賞金稼ぎに向かって投げた。フェットはうまく受けとめ、重みを測って、避けられない結末に身をゆだねることにした。レンサルはたしかに気前よくブリア・サレンの身代金を支払ってくれた。 賞金稼ぎは首を傾け、ランドを見た。「また会おう、カルリジアン」 ランドは白い歯を見せてにやっと笑った。「ああ、楽しみにしてるよ」 それからボバ・フェットはブリアに向かって頷いた。「またあとで、マイ・レディ」 ブリアは背筋を伸ばした。フェットは彼女の落ち着き払った態度に感心した。「もう会いたくないものね。これからは充分気をつけるわ」 ボバ・フェットはレンサルに顔を向けた。「シャトル・デッキはそっちの方角だ」 「ええ」海賊の船長は答えた。「みんな、マスター・フェットをシャトル・デッキに行かせてやろうじゃないか。この男とトラブルは起こしたくないだろ?」 海賊たちはボバ・フェットに敬意を表し、広く道を開けた。 ボバ・フェットは両側に並ぶ海賊のあいだを、落ち着き払って歩きだした。シャトル・デッキにいた海賊たちも、やはり大きくふたつに分かれた。ボバ・フェットは船を選び、それに乗りこんで、コントロールを点検し、発進の合図を送った。客船のドッキング施設の入り口が開く。ほどなく銀河一の賞金稼ぎは、宇宙の闇に尾を引いて消えた。 ひとりで・・・。 |
反乱の夜明け P.159 - P.188 |
ブリアは突然の成り行きに混乱していた。ついさっきまで死を覚悟していたのに、いまや無事に海賊女王の旗艦、<レンサルズ・ヴィジランス>に向かっている。<ヴィジランス>は巨大な艦で、ブリアのマローダー・コルヴェットの二倍はあるにちがいない。ドレア・レンサルは<ナー・シャッダの戦い>のあと、帝国軍のキャラック・ライト・クルーザーを回収し、これを旗艦にしたのだ。コレリアン・コルヴェット<レンサルズ・フィスト>とYウイングの編隊を有するこの海賊船長の艦隊は、まさしく目をみはるほど堂々たるものだった。 「<クイーン>を襲ったのが海賊だとわかったとたんに、ドレアだと確信したよ」レンサルを<クイーン>に残し、ひと足先にシャトルで旗艦に向かいながら、ランドはブリアにそう言った。「ドレアが小惑星の重力シャドーを使って獲物をハイパースペースから引っぱりだすのを、実際に見たことがあるんだ。それに<クイーン>のような大型船に太刀打ちできる火力を持っている海賊は、ドレアぐらいなものだ」 ブリアはランドを見た。「ランド、心から感謝しているわ・・・あなたはわたしのために命をはってくれた。その必要はなかったのに。それこそ、本物の勇気だわ」 ランドは魅力的な笑みを浮かべた。「ほかにどうすればいい?きみのように美しい人は、ボバ・フェットにはもったいない」 ブリアは笑った。「わたしが心配していたのは、ボバ・フェットじゃないの。わたしを・・・欲しがっている連中よ。悪辣なやつら。彼らに比べれば、ボバ・フェットなど紳士か学者みたいなものだわ」 ブリアは笑みを消し、<クイーン・オブ・エンパイア>のいるあたりを親指で指した。「乗客はどんな目に遭うのかしら?レンサルは・・・」彼女はためらった。「奴隷・・・売買をするの?」 ランドは首を振った。「ドレアが?とんでもない。彼女は金目のものを集めるだけさ。奴隷売買なんてまどろっこしい手段は、好みじゃないんだ。貴重品を奪い、船を略奪し、ひょっとすると二、三の乗客を捕まえて身代金を取るかもしれない。だが、金さえちゃんともらえば、人質は無傷で返す。彼女はこの道のプロだからね。もちろん、状況しだいじゃ冷酷な真似もするが、奴隷売買はしない」 ブリアはちらっとランドを見た。彼は手を伸ばし、彼女の手を取った。「信じてくれ、レディ・ブリア。きみに嘘はつかないよ」 ブリアは頷き、目に見えてリラックスした。「ええ、信じるわ。命をはってわたしをボバ・フェットから助けてくれたんですもの、どうして疑うことができて?あなたがあんなことをするなんて、信じられなかった」 ランドは皮肉な笑いを浮かべて首を振った。「ときどきおれは、自分でも驚くようなことをするんだ」 「で、ドレア・レンサルはわたしたちをナー・シャッダに届けてくれるの?」 「ああ、そうとも。チャンス・キャッスルと契約してるんだったね?」 ブリアはためらい、ちらっと横目で彼を見た。「あの・・・実はそれを心配しているわけじゃないの。わたしはナー・シャッダからシャトルでナル・ハッタに行くのよ。とても重要な約束があるの」 ランドは眉を上げた。「きみのような美しい女性が、ハットのような、あんな臭いギャングに何の用事があるんだい?」 ブリアも皮肉な笑みを返した。「それは・・・」 ランドは少しのあいだ待って、彼女がそれ以上何も言わないとわかると促した。「ブリア・・・おれのことは信頼してくれていい。きみと友だちになりたいんだ・・・」 彼女は深く息を吸いこんだ。「ジリアク・ザ・ハットと会う約束があるの。彼に承知してもらうには、しばらく時間がかかったわ。でも、ようやく約束を取りつけた。彼に・・・仕事の申し出があるの」 ランドは顔をしかめた。「だったら、シャトルでナル・ハッタに行くしかないな。ジリアクは去年、母親になったんだ。それ以来ナー・シャッダには戻ってきてない」 ブリアは頷いた。「必要ならどこにでも行き、どんな相手とでも話すつもりよ」彼女はちらっとランドを見上げた。「ハンはナー・シャッダに住んでいると聞いたけど」彼女は自分の声に希望がにじむのを隠せなかった。 ランドは気の毒そうな表情で首を振った。「来るのが遅すぎたな。やっこさんはもう一年以上も前に、コーポレート・セクターに行ったきりだ。ナー・シャッダに戻ってくる気があるのかどうかもわからない」 ブリアは唇を噛んだ。「そう」少し経ってから、彼女は再びランドを見上げ、頷いた。「きっとそういう運命なのね。それに、彼がわたしに会いたがるかどうかもわからないし」 ランドは微笑んだ。「きみに会いたくない男なんかいるもんか。きみを手放すなんて、あいつは馬鹿だ」 ブリアは喉の奥で笑った。「ハンはそうは思わないでしょうよ」 そのとき、ちょうど彼らのシャトルが<ヴィジランス>のドッキング・ベイに着いた。ブリアはドレスのスカートをつまんで、座席から立ち上がった。ランドは片腕を差しだし、彼女をエスコートしてタラップを降りた。 「ところで、いったいどうして、その美しい首に賞金が懸かるようなはめになったんだい?」 ブリアは首を振った。「ランド、これはとても長い話なの」 彼は頷いた。「だろうな・・・だが、ドレアが<クイーン>の仕事を終わるまでには、まだ二時間はかかるから、時間はたっぷりある」 「でも、わたしは自由にすべてを話せるわけじゃないの・・・」ブリアはためらった。 ランドはにやっと笑った。「そんな気がしてたよ。こうしよう・・・おれはボトルを調達するから、きみは極秘じゃない部分を話す。どうだい?」 彼女は笑った。「いいわ」 |
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