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反乱の夜明け #5
遭難

年 代 出 来 事 場 面 参 考



反乱の夜明け
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 それから五か月間で、ハン・ソロと彼の一等航海士であるウーキーは、密輸業者のトップへと昇りつめた。信じられないことに、ハンがサバック・トーナメントで得た金は、<ミレニアム・ファルコン>をほとんど彼の思ったとおりに改造できるまで何とか続いた。
 優れた技術者にして宇宙船のメカニック、エイリアンの血が混じっているシャグ・ニンクスは、彼のスペースバーンに<ファルコン>を置かせてくれた。シャグのスペースバーンは、ナー・シャッダのコレリアン街区ではほとんど伝説となっていた。その洞窟のような内部では、貿易業者や海賊や密輸業者が、速度や火器力を最大限に搾りだせるよう船を整備し、改造している。何といっても、積み荷を速く運べれば、それだけ速くべつの仕事で飛び立てる。密輸業者の人生では、時はクレジットなり、だ。
 ハンとジャリクとチューバッカは、ときどきベテランの技術者であるサラやシャグの手を借りたが、ほとんどの仕事は自分たちでやっていた。
 船の装甲板を思いどおりに−以前乗っていた<ブリア>のように、まぐれで当たった帝国軍のビームに、この<ファルコン>を破壊されないために!−取り付け終わると、ハンはエンジンと兵器に取りかかった。彼は船首にライト・レーザー・キャノンを取り付け、<ファルコン>が背面にも下部にも砲塔を持つように、四連レーザーをてっぺんと船体下部に動かした。それからサラと一緒に震盪ミサイル・ランチャーをふたつ、船首の“マンディブル(顎)”のあいだに据え付けた。
 兵器にかかっているあいだも、ハンはシャグとチューイーの三人で、<ファルコン>のエンジンとほかのシステムを改造した。<ファルコン>はすでに軍用クラスのハイパードライブを誇っている。ハンとシャグはそのハイパードライブとサブライト・エンジンに手を加え、<ファルコン>をさらに強力にした。ハンの船はますます速く密輸品を運んだ。
 彼らはまた、新しいセンサーとジャミング・システムも取り付けた。しかし、このジャミング・システムを初めて使ったときは、とても幸先がよいとはいえない事態が生じた。パルスが強すぎて<ファルコン>のインターコムまで支障をきたし、コクピットのからの信号を混乱させたのだ!しかもそれは、最悪のタイミングで起こった。<ファルコン>が帝国軍のフリゲートを振り払おうと、惑星の重力井戸の中に突っこんだときに!完全にコントロールが効かなくなり、高層大気圏をかすめながら石のように落下する<ファルコン>の中で、ハンとチューバッカは愕然として計器を見つめた。惑星の大気圏で灰にならずに済んだのは、その新しいジャマーが強烈すぎて、たちまちオーバーヒートしたおかげだった。
 やがてハンが満足して<ファルコン>を眺め、シャグ・ニンクスの肩に腕をまわすがきた。「シャグ、オールド・パル、あんたは銀河一のマスター・メカニックだ。あんたよりハイパードライブに詳しいやつはいないよ。こいつはトゴリアンの子供みたいに満足そうに喉を鳴らしてる。それにまた二パーセントもスピードがあがった」
 半分エイリアンのメカニックのマスターは、友人に向かって微笑んだものの、首を振った。「ありがとう、ハン。だがおれにはその肩書きは名乗れないな。コーポレート・セクターのドクという男は、片手を後ろに縛ってても、ハイパードライブにジズ=ジグ・ダンスを踊らせることができるそうだ。<ファルコン>をもっと速くしたけりゃ、彼を捜しだすんだな」
 ハンはニンクスの言葉に驚いたものの、この情報を将来のために頭に刻みこんだ。コーポレート・セクターはつねづね見たいと思っていたのだ。これでそこに行く理由ができた。
 「ありがとう、シャグ。あそこに行ったら、その男に連絡をとってみるよ」
 「おれが聞いた話じゃ、ドクって男は、その気になれば向こうから連絡してくるらしい。アーリー・ブロンに彼のことを聞いてみるといい。彼はコーポレート・セクターにいたことがある。どうすればドクと接触できるか知ってるかもしれん」
 「ああ、そうするよ。ありがとう」ハンはナー・シャッダのコレリアン地区にいる密輸業者のほとんどと知り合いだったから、アーリー・ブロンのことも知っていた。ブロンは体格のよい、温厚だが毒舌家で知られた年配の密輸業者で、愚か者をからかうのが好きだが、銃を抜くのが早く、そのおかげでまだ生きている。彼は<ダブル・エコー>という名のおんぼろフレイターで飛んでいた。
 ハンは速くて(比較的)頼りになる<ミレニアム・ファルコン>を手に入れたので、かなり難しい仕事も引き受けることができた。最近では、デシリジク・カジディクをほとんどひとりで切りまわしているジャバの仕事が多いが、ときにはほかの仕事でも飛ぶ。ケッセル・ランのスピード記録を破り、帝国軍のパトロール艦を巧みに避けて飛ぶハンとウーキーの同僚は、ナー・シャッダではほとんど伝説と化していた。
 ハンはこんなに幸せだったことはなかった。彼には速い船があり、チューイーやジャリク、ランドのような友人や、魅力的なガールフレンドのサラもいる。それにポケットにはクレジットが詰まっていた。たしかに、金はどんなにしっかりつかんでいるつもりでも、まるで指からすり抜けるようになくなっていくが、それはたいして気にならなかった。楽しむのが好きで、ギャンブルが好きで、浪費が好きだからって、それが何だ?もっと稼げばいいだけだ!
 しかしハンの私生活は申し分なく順調だったが、銀河の状況は悪化していた。皇帝の圧政は厳しくなる一方で、近頃ではアウター・リムの中にさえ及んでいる。アトラヴィス宙域のマントゥイーンで大虐殺があり、何とか帝国軍基地を占拠した反乱軍は、文字どおり最後のひとりまで一掃された。
 見せしめの大虐殺は、インナー・リムの惑星でも起こっていた。武器弾薬の密輸業者たちは、積み荷を運ぶためにはますます用心深く、速く飛ばなくてはならなかった。ハンが最初にケッセル・ランを飛んだときは、インプの艦は、センサーに引っかかることすら珍しかったが、いまでは見かけないことのほうが珍しかった。パルパティーン皇帝は大規模な艦隊と軍隊を維持するために、帝国の市民が財政的負担にうめくほどの税を徴収した。近ごろでは、帝国の一般市民は必死に働いても、まともな食事を食卓にのせるのがやっとだった。
 (ハンや彼の友だちはもちろん、税を払っていなかった。スマグラーズ・ムーンには徴税官は来ないのだ−ナー・シャッダのごたまぜの住人から税を徴収するのは、かなり恐ろしい仕事だったので、徴税期間中この月は“見落とされ”た)。
 これまでのハンは、帝国と地下組織間の戦いのニュースにはほとんど注意を払わなかった。しかしブリアがそれに関わっていると知ってからは、それに関するニュースに耳を傾けるようになった。そして一度ならずもこう思った。“パルパティーンは狂ってるにちがいない。こんなやり方じゃ、いまに大規模な反乱が起こる・・・大虐殺、殺害、市民が真夜中に家から引きずりだされ、そのまま消えてしまう・・・こんなことを繰り返すなんて、反乱を起こしてくれと頼んでるようなもんだ”
 パルパティーンの政策に異議を唱える者は、帝国元老院でも急速に増えていた。元老院議員のなかでも信望のあるモン・モスマは、ついこのあいだ皇帝が彼女を反逆罪で逮捕するよう命じたあと、コルサントから逃亡した。モン・モスマは高名な元老院議員だったので、皇帝の横暴な行為に、彼女の故郷シャンドリラではデモが起こり、そのデモがまたしても帝国市民の大虐殺という残酷な結果をもたらした。
 容赦なく税金を取りたて、個人的な自由を統制する皇帝の統治は、思いがけない影響も生んだ。この影響は、ハンにはとくに気がかりだった。踏みつけられ、貧困に苦しむ多くの人々が、これまでの生活を捨て、巡礼−つまりは奴隷−になるために、イリーシアに向かっていたのだ。
 新たな巡礼は、社会的不安と税制反対のデモの報復に苦しむサラスト、ボサウイ、コレリア出身の人々が多かった。ある日密輸の仕事から戻ってきたハンは、ナー・シャッダでトランダ・ティルのリバイバル集会が開かれ、コレリアン地区の多くのコレリア人が荷造りし、こともあろうにイリーシアに向かう船に乗るために列を作っていることを知った。
 これを聞いて、ハンはチューブに乗り、乗船場に駆けつけ、トランスポートに乗るのを待つ、うつろな目の疲れきったコレリア人たちの列に走っていった。「どういうつもりだ?」彼は叫んだ。「イリーシアはトラップなんだ!聞いたことがないのか?やつらはあんたたちを誘いこみ、奴隷にするんだぞ!あんたたちはケッセル鉱山で死ぬはめになるんだ!行くな!」
 ひとりの老婆が彼に疑い深い目を向けた。「お黙り、若いの。あたしらはここよりましなところに行くんだ。イリーシアの司祭たちは、あたしらの面倒をみてくれる、もっとましな人生・・・素晴らしい人生を約束してくれた。ここの生活にはうんざりだよ。いまいましい帝国のせいで、悪さをして生計を立てることもできやしない」
 ハンは列を行きつ戻りつしながら巡礼候補者たちに忠告したが、ほかの連中からも同じようなののしりが返ってくるだけだった。ついにハンは立ち止まってそこに立ち、ウーキーのように怒りの咆哮をあげたくなった。チューイーはそうしたが。
 「チューイー、ブラスターをスタンに設定して、こいつらを全部撃つ以外に、止める方法はなさそうだな」彼は苦い声で言った。
 「フルルーム」チューイーは悲しそうに同意した。
 ハンは、若い連中だけでも説得しようと、彼らに二、三、仕事まで提供したが、やはり誰も聞こうとしない。彼はうんざりしてあきらめた。ハンは銀河の反対側の辺境の惑星イーファオ(Aefao)でも、同じようなことを経験していた。やはりイリーシアのリバイバル集会のあと、船に向かう人々に警告しようとしたが、すっかりエグザルテイションの虜になった巡礼候補たちは彼の説得を聞こうともしなかった。彼の言葉に耳を傾けた橙色の肌の小柄なヒューマノイドのイーファンはわずか数人だけで、百人を超える人々がイリーシアの宣教船に乗った。
 ハンは列に並んだコレリア人たちが、待っている船にいそいそと乗っていくのを見ながら、首を振った。「間抜けすぎて生き残れないやつらもいるんだな、チューイー」彼は言った。
 さもなければ絶望しているのかもしれない、とウーキーは答えた。
 「そうだな。こいつも、自分に関係ないことに首を突っこむと痛い目に遭うって証拠だ」ハンは吐き捨てるように言い、死刑の宣告を下されたも同じコレリア人たちに背を向け、歩きだした。「この次おれがこんなことをする気になったら、ウーキーの愛の鞭で正気に戻してくれ。まったく、何度もがっかりさせられてるのに・・・」
 チューイーは約束し、彼らは一緒に歩み去った。


反乱の夜明け
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 彼の小さな手はベサディの事業の運営でいっぱいだったが、ダーガ・ザ・ハットは親を殺した犯人を捜す調査をあきらめなかった。しかし、六人の召使いが厳しい尋問で死んだいまも、彼らのうちのひとりとして関係があったことを示す証拠は何ひとつ発見されていない。
 召使いが無実なら、アラクはどうやって毒を与えられたのか?ダーガは再びミク・ビドラーと話し、今回はアラクの消化器管にX-1の痕跡があったことを知らされた。恐ろしい毒はたしかに食物から摂取されたのだ。
 ダーガは通信を終わらせると、考えながらパレスの廊下を長いあいだうねって回った。彼の表情があまりに険悪だったので、無理からぬことだが、すでにかなり神経質になっていた召使いたちは、まるでアウター・ダークネスから来た邪悪な霊を避けるように、彼が近づいてくる前にこそこそといなくなった。
 若きベサディ卿は心の中で時を刻むようにして、アラクの最後の数か月のあらゆる時間を検討した。アラクが食べたものは、どれもこれもこの屋敷の厨房から運んだもの、いまはもういない者も含め、ここのシェフたちが用意したものだ。(シェフといえば、新しくふたり雇わなくては・・・)
 しかし、厨房全体と召使いの住居を調べてもX-1の痕跡は出なかった。ほんのわずかにその痕跡が見つかったのは、アラクのオフィスの床の上の、彼がいつもリパルサー・スレッドをとめておいた場所の近くだけだった。それもごくわずかだ。
 ダーガはあざのある顔を悪魔のマスクのように歪めた。何かが心に引っかかる。ひとつの記憶が。引っかかり・・・蠢き・・・蠢き−
 “蠢き・・・蠢くもの!ナラ=ツリー・フロッグだ!”
 突然、生きたナラ=ツリー・フロッグに手を伸ばしながら、げっぷをするアラクの姿があざやかによみがえった。ダーガはいまのいままで、生きた生物が毒を運んできたという可能性は考えてもみなかった。何といってもこれは毒だ。それを仕込んだ食料は食べられるずっと前に、毒で死んでいると考えるほうが理に適っている。
 しかし、ナラ=ツリー・フロッグがX-1の効果に対して免疫があったら?もしあのフロッグの細胞組織に、フロッグ自身を殺すことはなく、フロッグには影響を与えない、X-1が含まれていたら?そしてその量が少しずつ増やされていったら?
 アラクはナラ=ツリー・フロッグが大好きだった。毎日食べていた。によっては一ダースも食べていた。
 「オズマン!」ダーガはわめいた。「スキャナーだ!アラクのオフィスへ持ってこい!」
 チェヴィンの執事はすぐに現われ、承知した旨を伝えて消えた。慌ただしく走る音が遠ざかっていく。ダーガは体をうねらせ、大急ぎでアラクの私室に向かった。
 彼が着くのとほとんど同時に、スキャン・デバイスを持ったオズマンが息を切らして走ってきた。ダーガはそれを彼の手から引ったくり、オフィスに駆けこんだ。“どこだ?”彼は夢中で部屋を見まわした。
 “あったぞ!”彼は隅に向かった。そこにはアラクの古いスナック・クエリアムがひっそりと置いてあった。彼は生きた食べ物を新鮮に保つために、これを使っていたのだ。死ぬ前の数か月、その生きた食べ物とはほとんどがナラ=ツリー・フロッグだった!
 スキャナーのプローブ・チップをそのスナック・クエリアムに突っこみ、ダーガは計器のスイッチを入れた。答えはすぐにわかった。球体水槽のグラシンの壁に残っている鉱物沈着物には、相当な量のX-1が含まれていた!
 ダーガは家具が揺れるほどすさまじい怒りの叫びを発した。それから怒り狂い、尻尾で一撃にしてスナック・クエリアムを粉々に砕き、何もかも破壊しながら動きまわった。やがて彼は喉を嗄らし、息をきらして、アラクのオフィスの残骸の中で立ちつくした。
 “テロエンザめ。テロエンザがフロッグを送ってきたのだ”
 いますぐイリーシアに飛び、個人的にあのトランダ・ティルを血みどろにしてやる!ダーガは最初そう思ったが、自らの手と尻尾を下等生物のせいで汚すのは、彼の品位にふさわしくないと考え直した。それに、あの最高位司祭をただ殺すことはできない。テロエンザは有能な司祭で、代わりを見つけるのは難しい。テロエンザを殺せば、イリーシアのトランダ・ティルたちは、エグザルテイションを与える司祭役を演じ続けるのを拒否するかもしれない。テロエンザは彼に仕える者たちに好かれている。彼はまた、スパイス工場を運営し、つねに増え続ける利益をベサディにもたらしてきた有能な管理者でもあった。
 “彼に報復する前に、代わりとなるトランダ・ティルを見つけ、トレーニングする必要がある”
 また、最高位司祭に不利な証拠は、すべて状況証拠だ。テロエンザが無実だという可能性もわずかだがあった。ダーガはテロエンザの支出に目を光らせていたが、多額のクレジットが彼の口座から出た形跡はないのだ。きわめて内密に行なったのではないかぎり、テロエンザがあの毒を買うことはできなかったろう・・・だいいち、彼には大量のX-1を買うほどのクレジットはない。
 “彼があの・・・いまいましいコレクションを売ればべつだが”だが、彼が売っていないことはわかっていた。イリーシアを出入りする積み荷目録には注意していたのだ。コレクションを売るどころか、テロエンザはこの九か月のあいだにそれを増やしている。
 この週のうちにも、新しいトランダ・ティルを見つけ、トレーニングを始めるとしよう。調査はこのまま続行し、新しい最高位司祭の準備が整ったころ、テロエンザの角を取ってきてくれる賞金稼ぎを雇うとしよう。ダーガはその角が、オフィスの壁に掛かっているアラクのホロ肖像画の隣に飾られるところを思い描いた。
 イリーシアで死に値するのは、テロエンザだけではないかもしれない。何者かがナラ=ツリー・フロッグを捕まえ、コンテナに入れ、船に積んだのだ。ダーガはあのトランダ・ティルの首に賞金を懸ける前に、すべての角度から状況を調べようと決意した。
 もちろん実際の殺人者は、X-1を買い、すべての作戦を巧みに画策した特定の人物だ。これはおそらくジリアクだろう。彼女にはクレジットがあるし、動機もある。
 ダーガはすでに、ジリアクとマルカイトの毒殺者とのつながりを探りはじめていた。今後は、あのデシリジクのリーダーとテロエンザとのつながりも探ることにしよう。
 きっと何か・・・記録か何かが見つかるだろう。輸送記録、預金、引き出した金、購入記録・・・テロエンザとジリアクをアラクの死と結び付ける証拠はどこかにあるはずだ。必ずそれを捜しだしてやる。
 その調査には時間とクレジットが必要だった。不幸にして、彼の個人的なクレジットが。個人的な復讐のためにカジディクの金を大量に費やし、そうでなくても不安定な自分の立場を危うくすることはできない。
 ジアーもほかの誹謗者たちも、すでに彼を監視しているのだ、正当でない出費を見つければ非難を浴びせてくるにちがいない。
 やはり自分で払わなければならない・・・だが、彼の個人的な財産は一挙に減ることになる。
 ブラック・サンのことが、ちらっと頭をよぎった。プリンス・シゾールにひと言頼めば、彼の命令ひとつでブラック・サンの素晴らしいソースの助けが得られるだろう。しかし、そんなことをすれば、ブラック・サンがベサディを、そしてたぶんナル・ハッタ全体を乗っ取る扉を開くことになる。
 ダーガは首を振った。そんな危険はおかせない。シゾールの僕になるのはまっぴらだ。わたしは自由で独立したハットだ。ファリーンのプリンスの指図など受けるつもりはない。
 ダーガは嵐が通り過ぎたあとのようなアラクのオフィスを出て、自分のオフィスへと向かった。これから何時間もデータパッドの前で仕事をするために。ベサディの仕事を滞らせるわけにはいかないので、ほとんどの調査は、たいていのハットが寝ているにするしかない。
 彼は険しい顔でデータパッドに手を伸ばし、情報を要求するキーを叩きはじめた。
 親を殺した者は見つかった。アラクが殺された方法も、理由もわかった。あとはジリアクを糾弾するための証拠を手に入れ、一対一で彼女と対決して仇をとるだけだ。
 ダーガは小さな指でデータパッドを素早く叩きはじめた。彼は緑がかった舌の先を口の端から突きだし、目前の仕事に集中した。


反乱の夜明け
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 テロエンザはキビクに会うため、イリーシアの管理センターの廊下をゆっくり歩いていった。このハットのボスが彼を呼びつけたのは、二〇分も前だった。テロエンザは多忙だったのだ。昔はハットのボスを待たせる勇気などなかったが、イリーシアの事情はゆっくりとだが確実に変わっている。
 テロエンザが実権を握りはじめていた。あの馬鹿キビクは間抜けすぎて気づいていないが。
 彼は毎日プランを立て、ダーガが許可したガードを増強し、惑星を強化していた。強いがキビクより間抜けな−これは真実だ!−ガモーリアン・ガードではなく、ベテランの傭兵を注意深く選んだ。金はかかるが、戦いでは役に立つ。
 そしてまもなく戦いは起こる・・・彼がナル・ハッタからの決別を公然と宣言すれば、必ずそうなる。ベサディがそんな独立の企てを絶対に承認するはずがないからだ。しかし、テロエンザは彼らの攻撃に備えておくつもりだった。彼は戦いで艦隊を導き、勝利するのだ!
 すでに何度かに分け、トランダ・ティルの女たちをイリーシアに呼び寄せる手配も済んでいる。彼の配偶者テリーナは最初の一行に入っていた。間抜けなキビクのことだ、おそらくしばらくは気づかないだろう。トランダ・ティルの男女の違いは、もちろんトランダ・ティルには即座にわかる。が、たいていの種族には、角がない以外は女も男とまったく同じに見える。
 たとえ大切なコレクションの一部を売ることになっても、防御を増強しよう。テロエンザはそう決心していた。地上に据え付ける対空ターボレーザーの値段は恐ろしいほど高いが、ひょっとすると必要なクレジットはジリアクが出してくれるかもしれない。結局のところ、彼、テロエンザは、ジリアクがアラクの殺人に関わっているのを知っている唯一の証人なのだ。ジリアクは彼の機嫌を損ねたくはないはずだ。
 テロエンザはキビクの謁見室の前でためらい、媚びるような態度に切り替えた。キビクを軽蔑していることを、気づかれてはまずい。まだいまのところは。
 だが、まもなく−
 “もうすぐだ”テロエンザは自分を慰めた。“それまでは自分の役を演じろ。やつのくだらないおしゃべりを聞いてやれ。賛成し、おだてるのだ。もうすぐこんなことをしなくてもよくなる。彼の馬鹿さ加減を我慢するのもあと数か月だ。まもなく−”


反乱の夜明け
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 <ミレニアム・ファルコン>を手に入れたあと、ハン・ソロは真っ先に恋人のサラ・ゼンドに挑戦し、速度を競った。小さくて気まぐれの<ブリア>では、サラの<リムランナー>を負かす望みはまったくなかったが、いまは違う。
 たまたま一緒に積み荷を運んでケッセル・ランを通るときは、彼らはいつも時間を競いあった。あそこは危険な空域だが、そのぶん競いがいがある。彼らはよくスパイスやほかの密輸品をステネス星系へ運んだ。ケッセル・ランはそこへ向かう近道だった。
 ハンが勝つこともあれば、サラが勝つこともあった。この二隻はいい勝負だった。どっちも負けず嫌いだったから、この友好的な競争はしだいにエスカレートし、彼らは無鉄砲で、危険な賭けをするようになった。とくにサラはその傾向が強かった。熟練したパイロットであるサラはひとりで船を飛ばし、<リムランナー>から最大限のスピードをしぼりだせる腕を誇りにしていたからだ。
 ある朝ハンとサラは、彼女のアパートを一緒に出て、さよならのキスをし、ステネス星系の七つの居住惑星のひとつ、カムスルで会おうと約束した。ハンはにやりと笑った。「負けたほうがディナーをおごるんだぞ」
 彼女は微笑み返した。「メニューのなかでいちばん高いものを注文して、あんたを困らせてやるわ、ハン」
 ハンは笑って手を振り、ふたりはそれぞれの船に向かった。
 ケッセルまでの航行は平穏無事だった。ハンは一五分近くも差をつけてサラを負かしたが、彼の船に割り当てられた荷積みドロイドの一体が故障し、荷積みが遅れ、彼がまだ荷を積んでいるあいだに、サラの<リムランナー>が急降下して無鉄砲に着床した。ハンがケッセルを飛び立ったときは、ふたりの差は五分に縮まっていた。
 彼は副操縦士であるチューイーと、てっぺんの砲塔にいるジャリクを伴っていた。ケッセル周辺の帝国軍のパトロールは最近いちだんと厳しくなっている。
 ハンはフルスピードでランに入りながら、インターコムのキーを叩いた。「しっかり見てろよ、キッド」彼はジャリクに言った。「いきなりインプのパトロールに出くわすのはごめんだぞ」
 「ああ、ハン。センサーをにらんでるよ。こいつはだいぶ性能がよくなってるからな。見つけたら、向こうが何に撃たれたか気づく前に撃ってやる」
 ケッセルを出てから直面する最初の障害はモーだった。モーは無数のブラック・ホールと二、三のニュートロン・スター(中性子星)のある、ほぼ球形の不安定な領域で、このあたりの九〇パーセントの星がそこに集まっている。ケッセルの夜空からは、まるくてぼやけた、多彩色の星雲にしか見えないが、近づくにつれ、この球形ははっきりしてくる。モーは中にある複数の太陽の光で輝いていた。色の帯の中をイオン・ガスと塵がリボンのように尾を引き、プラック・ホールのアクリーション・ディスク(降着円盤)がハンを見返しているように見える。
 アクリーション・ディスクは、モーの薄暗い領域を見守る白い目のように見えた。<ファルコン>から見る角度によって、その目は線のようにも、大きく開いているようにも見える。それぞれの“目”の真ん中には、星々のガスや粒子を呑みこむブラック・ホールの、針の穴のような黒い“瞳孔”があった。
 “イリーシアののジャングルみたいだな”ハンは思った。“肉食動物の目が光っている黒い夜だ”
 サブライト・スピードでモーの周囲を航行するのは気の抜けない仕事だったし、そこを全速力で競争するのは厄介な事態を招くようなものだ。センサーをちらっと見ると、サラが追いついてくる。彼はスピードを上げた。これまではこんなに速くランを飛んだことはない。
 「これならサラに捕まらずに済むな」ハンはチューイーに言った。「ピットに入るまで、このリードを保つぞ。ハイパースペースにジャンプするころには、<リムランナー>より少なくとも二〇分は先に行ってるだろうよ」
 ピットとは、近くの星雲が発生させる薄いガスの帯がかかった危険な小惑星帯のことだった。モーとピットのふたつがケッセル・ランを最も危険な領域にしているのだ。ハンの自慢を聞いて、チューイーは不満そうにうめき、こう言った。
 「何だって?彼女に勝たせろだと?」ハンはグローブをした指をコントロールの上でひらつかせながら、怒って叫んだ。彼らは最初のブラック・ホール群を通過しているところだった。近くの星々からのガスと塵、細長い霞の尾が、青みがかった白と薔薇色のアクリーション・ディスクへと引きこまれていく。「どうかしちまったのか?おれはディナーをおごるのはごめんだぞ!正々堂々と、ラドネク・テールの網焼き付きのナーフ・テンダーロインとサーフ&ターフ・スペシャルをおごってもらうんだ!」
 チューイーは心配そうに<ファルコン>のスピード・インジケーターを見て、べつの提案をした。
 「スピードを落とせば、おまえがみんなのディナーをおごるだと?」ハンは驚いてチューイーをちらっと見た。「おい、パル。結婚してやわになったのか。いいから、おれと<ファルコン>にまかせとけ。この勝負はおれたちが勝つんだ!」
 そのとき、むこうみずに加速する<リムランナー>が異常なセンサー表示を発した。ハンは目を見ひらき、ボードを見た。「おい、嘘だろ・・・」彼は囁いた。「サラ、気は確かか?やめろ!」
 まもなくマイノックのような船体が長く引き伸ばされ、<リムランナー>はリアルスペースから消えた。チューイーが吼えた。「サラ!」ハンはむなしく怒鳴った。「この大馬鹿者が!モーの近くでマイクロジャンプをやるなんて、災難を呼んでるようなもんだぞ!」
 チューバッカが気を揉むかたわらで、ハンはさらにスピードを上げ、<リムランナー>を捜そうとセンサーに目をやった。「どこに行った?馬鹿な女め!どこに行っちまったんだ?」
 <ファルコン>は、モーの周囲にはりつくようにして矢のように飛んでいく。一〇分が過ぎ、そして一五分が過ぎた。ハンは自分もマイクロジャンプをしようかと思ったが、サラが取ったコースを知る方法はない。まあ、彼女がモーをまっすぐ突っ切ってジャンプしたのでないことだけは確かだ。そんなことをすれば、ブラック・ホールとニュートロン・スターの深い重力井戸が、すぐに彼女をハイパースペースから引きずりだす。そしておそらく、ブラック・ホールの境界へ引きずりこむ。二度と戻れない場所に・・・。
 いや、彼女はあのホール群の縁沿いにジャンプしたはずだ。そしてそのまま、まっすぐピットに・・・。
 チューイーが悲しそうな声を出し、毛むくじゃらの指でセンサーを突きさした。「彼女だ!」ハンは<リムランナー>の表示を見ながら言った。サラはまだ飛んでいたが、ピットには向かっていなかった。彼女は−
 「何てこった・・・」ハンは恐怖に駆られて囁いた。「チューイー、まずいことが起こったにちがいない。あれじゃ方向が違うぞ・・・」彼は再び計器をチェックした。「ハイパースペースから、ニュートロン・スターの磁気フィールドの中に出たんだ!」
 <リムランナー>はまだ飛んでいたが、まっすぐにではなかった。サラの船は一〇〇〇キロにわたるニュートロン・スターの磁気フィールドの高軌道で螺旋を描いている。ハンのセンサーは、ニュートロン・スターの位置を示す平たいアクリーション・ディスクの両側で噴きだす、恐ろしいプラズマ粒子を感知していた。
 「重力井戸か磁気フィールドのどちらかが、ナビ・コンピューターを撹乱したにちがいない。そしてマイクロジャンプからとんでもない場所に飛びだした・・・」ハンは見えない巨大な手に胸をつかまれているような気がした。「ああ、チューイー・・・彼女はもうだめだ・・・」
 サラの船がアパストロン(遠星点)−死んでいく星の軌道の最も高く遅い場所−に達するのは時間の問題だ。それから二、三分後に、<リムランナー>の軌道は螺旋を描いて落ちはじめ、サラの船はプラズマ・ジェットの端を通過する。そして高濃度放射エネルギーにやられ、黒焦げになる。
 心臓が次の鼓動を打つあいだに、サラとのさまざまな思い出がハンの頭を駆け巡った。、彼に向かって微笑むサラ、豪華なドレスを着て、カジノに彼を連れだすサラ、汚れた顔で、まるで朝食でも作るように簡単にハイパードライブを直すサラ。まあ、サラは料理をしたことがなかったが。
 「チューイー・・・」彼はかすれた声で囁いた。「彼女を助けるぞ」
 チューバッカは彼を一瞥し、センサーを毛むくじゃらの指で差し、唸った。
 「ああ、わかってる。<リムランナー>は恐ろしくあのプラズマ・ジェットに近い。あそこに近づけば、おれたちの船もやられ、<リムランナー>の二の舞になる危険をおかすことになる。だが、チューイー・・・このまま彼女を見殺しにはできん」
 ウーキーは青い目を細め、ひと声吼えた。サラは友だちだ。見捨てることはできない。
 ハンはジャンプの計算をさせるため、夢中でナビ・コンピューターに指示を打ちこみながら、<ファルコン>のコムを開いた。「サラ?サラ?ハンだ。ハニー、聞こえるか?これからきみをつかまえる・・・おれの指示に従ってくれ。サラ?答えてくれ!どうぞ」
 三回目に呼びかけたとき、ナビ・コンピューターが可能な接近進路をはじきだした。磁気フィールドやイオン・ガスやプラズマの尾が電波を妨害しているにちがいないが、彼は<ファルコン>の強力なセンサーと送信機に望みをかけた。
 「チューイー、ジャリクにバキューム・スーツを着て、磁気鉤とウインチを持ってエアロックで待機しろと言うんだ。おれは彼女に脱出するように言う。そして<ファルコン>を向こうの軌道に合わせ、彼女を拾い上げる」
 チューイーは疑わしげにハンをちらっと見た。「そんな顔をするな!」ハンはぴしゃりと言った。「簡単じゃないのはわかってるさ!あの磁気フィールドの霞には入らないで済む接近進路を保つよう、ナビ・コンピューターに打ちこんでるところだ。ぶつぶつ言ってないで、さっさと仕事にかかれ!」
 チューバッカは急いで出ていった。
 ハンは再び呼びかけた。「サラ・・・サラ、<ファルコン>だ。応答してくれ」ひょっとしてリアルスペースにいきなり逆戻りしたときに、コントロールに叩きつけられ、彼女は意識不明で横たわっているのではないか・・・あるいは、死んでいるかもしれない。
 「おい、ベイビー。答えてくれ。応答しろ、サラ・・・」
 彼は、アパストロンの座標に向かって全速力で進みながら、ずっと呼び続けた。ニュートロン・スターの強力な磁気フィールドにやられ、ハイパースペースから出てきたとたん、<リムランナー>の起動していたシステムはすべて狂ってしまったにちがいない。そのなかには、ほぽ確実に唯一のエスケープ・ポッドも含まれている。あれは緊急脱出に備え、通常“オンライン”になっているからだ。
 <リムランナー>は、まだハイパースペースに入ったときと同じスピードで進んでいた。が、いまのサラには速度を落とす方法も、方向を変える方法もない。何よりも、重力井戸から逃れるエネルギーがない。彼女の船はしだいに螺旋を縮めながら、引き寄せられ、やがてアクリーション・ディスクの端に出くわす。そして・・・爆発する。
 だがそれが起こる少なくとも五分前には、あのプラズマ粒子のジェットを通過し、サラは死んでいる。
 “その前におれが助ける”ハンは自分に言い聞かせた。「サラ?サラ?聞こえるか?答えてくれ、サラ!」
 ようやく静電気の音と、そしてかすかな返事が聞こえた。「・・・ハン・・・<リムランナー>の・・・エンジンが切れた。パワーも尽きて・・・バッテリーも切れかけてる・・・もう・・・だめよ、ハニー・・・近づかないで・・・」
 ハンは大きな声で毒づいた。「くそ!」彼はコムにわめいた。「サラ、いいか、言うとおりにしろ!<リムランナー>はもうだめだ、でもきみは助かる、サラ!船を捨てろ、あと二、三分しかない!衝撃を受けたとき、エスケープ・ポッドはオンラインだったのか?」
 「・・・ええ、ハン・・・エスケープ・ポッドもだめなの・・・脱出する方法はないわ・・・」
 思ったとおりだった。電子システムがやられ、エスケープ・ポッドは役立たずだ。
 ハンは唇を舐めた。「大丈夫、脱出できる!おれたちがきみをつかまえる!サラ、船尾にあるエアロックに行け、バキューム・スーツを着るんだ!スーツの推進パックはふたつとも使え、いいか?最初のが切れたら、次のを起動しろ。フル・スロットルだぞ!おれはきみの軌道に合わせる、だから<リムランナー>とあのプラズマ・ジェットから、離れられるだけ離れるんだ!」
 「うまくいきっこない・・・飛び降りるの?」
 「そうさ、くそ、飛び降りるんだ!」ハンはコースを調整した。八分でそこに着ける。フル・スロットルで<リムランナー>から離れ、いまから言う座標に向かえ・・・」彼はナビ・コンピューターを見て、一連のナンバーを告げた。「受信したか?」
 「でも<リムランナー>は・・・」かすかな答えが返ってきた。
 「<リムランナー>なんかどうでもいい!」ハンは叫んだ。「ただの船だ、またべつのを手に入れられるさ!早くしろ、サラ!言い争ってる暇はない!三分でスーツを着ろ!行け!」
 彼はインターコムのキーを叩き、スペース・スーツのジャリクを呼びだした。「ジャリク、磁気鉤とウインチを持ったか?」
 「もちろん」ジャリクは言った。「肉眼でサラを見つけられるとこまできたら、教えてくれ。このヘルメットをつけてると、あんまり見えないんだ」
 「いいとも、キッド」ハンは短く答えた。「鉤を投げる座標だ」彼はそれを繰り返した。「こいつはタイミングがすべてだ。手早くやれよ。少しでも流されたら、おれたちは磁気フィールドの端をかすり、<リムランナー>と同じ運命をたどることになる。無事にここを出るチャンスは一度しかない。わかったか?」
 「了解、ハン」ジャリクは緊張して答えた。
 サラの推進パックには、死刑の宣告を受けた<リムランナー>から充分遠ざかる力があるだろうか、<ファルコン>を救出座標に導きながら、ハンは心配した。<リムランナー>に突っこむ危険はおかしたくない。そうでなくても<ファルコン>はフレイターで、こんなぎりぎりの操作に応じるようには設計されていないのだ。たしかに、ハンは<ファルコン>を垂直に逆立ちさせることもできるが、粒子を噴射する磁気フィールドに入らないようにしながら、スペース・スーツを着た小さな人間を拾い上げるのは、それだけで充分難しい危険な仕事だ。そのうえ<リムランナー>に激突する心配が増えれば・・・。
 ハンは注意深くコースを点検し、また点検しなおした。何としても一回で正確にやってのけねばならない。恐ろしいプラズマのレンジに入る前に、サラをつかまえる必要がある。放射線に焦がされた死体を<ファルコン>に回収する光景が目の前をちらつき、彼はいっそう必死になって操縦に集中した。この操縦は、おそらくこれまでで最も難しい。
 まもなく、ハンは汗をかきながら、サラとの交差座標に向けてコースの修正を始めた。船を減速し・・・また減速し・・・さらに減速する。磁気フィールドに押し流されるのが怖くて、完全に止める勇気はなかった。
 彼の目はセンサーに釘付けになった。<リムランナー>とはもう約五〇キロしか離れていない。スクリーンに移る船影がしだいに大きくなっていく。「ジャリク、<リムランナー>が見えた。待機しろ」
 「了解、ハン。待機してる」
 サラは間に合うように脱出しただろうか?ハンは彼女を呼んでみたが、答えはなかった。が、彼女のスーツのコムリンクが干渉の影響を受けている可能性は大いにある。
 滅びる運命にあるフレイターは、スクリーンの上でもビューポートでもますます大きくなっていく。ハンはほとんど瞬きせずにさらに減速した。“彼女はどこだ?彼女には飛び降りる勇気があっただろうか?”
 サラに勇気があることはわかっている。が、真空の宇宙に飛びだすのは恐ろしいことだ。ハンは自分を押しだすように<リムランナー>のエアロックから離れ、最初の推進パックを始動させる彼女の姿を想像し、その気持ちを思って唇を噛んだ。彼もスペース・スーツの中で過ごしたことはあるが、四方の無重力空間と自分のあいだに何もない状態は、とてもじゃないが好きにはなれない。それに、スペース・スーツだけで何キロも宇宙空間を渡るはめになったことなど、もちろんない。サラにはああ言ったが、自分が彼女の立場だったら果たして実行するだけの勇気があるかどうか。
 密輸業者になる前は、サラは輸送会社の技術者だった。彼女がスペース・スーツの使い方を覚えていることを、彼は祈った。
 ハンはナビゲーション・ボードの図を見守った。そこには、螺旋状に下降していく<リムランナー>の軌道とニュートロン・スターが記されている。サラの船はすでにアパストロンに達していた。<ファルコン>を示す光点が急速に近づいていく。あと三〇クリック−
 毒々しい緑で示されているのは、紫色の磁気フィールドの後輪に取り巻かれたプラズマの霞だ。
 ハンはごくりと唾を呑みこんだ。“あんなに近い”
 あと二〇クリック。目を上げると、ビューポートを通してマイノックのような形の<リムランナー>が見えた。
 “サラはどこだ?”彼は図表を確かめた。“どこに−”
 「いたぞ!」ハンは突然叫んだ。「ジャリク、彼女の光点が見える!まだ肉眼では見えないが、油断するな!」彼は少しコースを変え、完全にサラの軌道と合わせた。彼女はかなりのスピードでこちらに向かってくる。まっすぐ進んでいられるほど速いが、コントロールを失い、回転しはじめる危険があるほど速くはない。たいした操作技術だ。
 「いつでもいいよ、ハン」ジャリクはそう言い、それから小声で何かつぶやいた・・・祈りか?それを尋ねている暇はない。
 ハンはインターコムのスイッチを入れた。「チューイー、医療パックを持って待機してるか?」
 「フルルルルルーン!」
 ハンは彼女を示す光点を見ながら、左舷からも目を離さなかった。すると突然−
 「見えたぞ!肉眼で見えた!ジャリク・・・おれの合図で磁気鉤を発射しろ・・・」
 ハンは頭の中で秒読みした。三・・・二・・・一−
 「発射!」
 緊張の一瞬が過ぎ−
 「つかまえた!ウインチを作動する!」
 「チューイー、彼女の声が聞こえるか?」
 チューバッカが吼えた。まだ聞こえないが、聞こえたときは知らせる。
 「ジャリク、ジャリク、彼女は無事か?」
 「手を振ってるよ、ハン!」まもなくジャリクの答えが返ってきた。「オーケー、ハン、彼女が中に入った!エアロックを閉める!」
 一瞬後、チューバッカの咆哮がインターコムから聞こえた。「よし!」ハンは言った。「ここを出るぞ!」
 ハンはコースを変えてスピードを上げ、ニュートロン・スターの重力井戸から逃れた。スクリーンの図を確かめると、<リムランナー>がプラズマ・ジェットを通過し、速度を上げていく。“危なかった!”
 「彼女はどうだ?」ハンはインターコムに向かって尋ねた。「返事をしてくれ!」
 すぐあとに、サラの声が聞こえた。かすれてはいるが、彼女の声だ。「あたしは大丈夫よ、ハン。ちょっと頭を切っただけ。チューイーが手当てしてくれてるわ」
 「ジャリク、ここに来てコントロールを代わってくれ。サラに会いたいんだ。チューイー、放射線の濃度もチェックしろよ・・・」
 「アルルルルーン!」チューイーはオーバーに答えた。
 「そいつはよかった!」
 「ハン」ジャリクが言った。「彼女はそっちに向かってる。そこで待ってればいいよ」
 まもなく、三人はコクピットのハンと合流した。コレリア人は操縦席から立ち上がり、チューイーとジャリクが操縦席と副操縦士席に座った。サラは乗客用の席に顔をしかめながら座った。針金のような黒い髪のかたまりで半分隠れてはいるが、額には包帯が巻いてある。ハンは心配そうに彼女にかがみこんだ。「やあ・・・ハニー・・・」
 サラは身を引いた。ハンは一瞬、彼女が殴りかかってくるつもりだと思った。彼女の目は怒りにぎらついている。ハンは後ろにさがった。「ハン・・・あの光点は・・・」彼女は指さした。「<リムランナー>なの?」
 ハンは振り返り、スクリーンの図を見て、それからビューポートを見た。<リムランナー>はまだ噴きあげるプラズマ・ジェットの中にいるが、もうオレンジ色の光にしか見えない。「そうだ。かなり速くなってるな・・・」
 ニュートロン・スターの重力井戸がさらにフレイターの軌道を縮め、引きずりこんでいくなか、サラの誇りであり、喜びであった船は、最後のプラズマを突き抜け、どんどんスピードを上げてアクリーション・ディスクに向かっていく。四人は声もなくそれを見守った。
 数分後、アクリーション・ディスクの端で一瞬、小さな光の花が開いた。サラは立ち上がった。「これでおしまいね」彼女はきっぱりと言った。「失礼、“リフレッシャー”を使ってくるわ」
 ハンは横に寄り、<ファルコン>の奥に入っていくサラを見守った。もしあれが買ったばかりの彼の船だったら、どんな気持ちがするだろう?彼女が怒りを抑えられないのも無理はない。
 まもなく、小さなラウンジからくぐもった音と泣き声が聞こえてきた。ハンは友人たちをちらっと見た。「様子を見てくる」
 彼がラウンジに入ると、サラはホロ・ゲーム・ボードに寄りかかり、立ったまま毒づきながら、<ファルコン>の隔壁に拳をぶつけていた。
 「サラ・・・」
 彼女はくるりと振り向き、琥珀色の目で彼をにらんだ。「ハン、どうして死なせてくれなかったの?」
 一瞬、ハンは殴られると思って身構えた。が、サラは何とか自分を抑えた。「どうして、ハン?」
 「サラ、そんなことができるわけないだろ?わかってるはずだぞ」彼はなだめるように両手を上げた。彼女は足を踏み鳴らして<ファルコン>のラウンジを歩きまわった。新星のように爆発寸前だ。「あんなマイクロジャンプをしたなんて信じられない!<リムランナー>がなくなったなんて信じられないわ!なんだってあんな馬鹿なことをしたの?」
 「競争したのはこれが初めてじゃない」ハンは言った。「今回はただ・・・運が悪かったんだ」
 彼女は拳を壁に叩きつけ、また毒づいた。それから痛む手を抱えた。「あの船はあたしの命だった!あたしの生活の糧だったのよ!でももう・・・なくなってしまった!」彼女はあざができていないほうの指をパチンと鳴らした。
 「わかってる」ハンは言った。「わかってるよ」
 「これからどうすればいいの?生活費も稼げないわ。あの船を手に入れるために、必死で働いたのに!」
 「おれとチューイーと一緒に乗ればいい。予備の乗員はいつでも歓迎さ。きみは最高のパイロットだ。仕事は見つかるさ。いいパイロットはいつでも必要とされてる」
 「あなたと一緒にですって?」彼女はハンをにらみつけた。「施しなんかまっぴらよ、たとえあなたからでもね」
 「おい!」彼は傷ついたように言った。「おれは慈善事業をしてるわけじゃないぞ、サラ。おれのことは知ってるだろ!ただ・・・なあ・・・ほんとに助けが必要なのさ」
 彼女はハンをじっと見た。「あたしを・・・必要と・・・してるの?」
 ハンは肩をすくめた。「ああ・・・そうさ、ハニー。きみなしじゃいられない。だから、自分自身や−おれの船を−危険にさらしたんだ」
 「そうね」サラは彼を見つめながらつぶやいた。ハンは彼女が何を考えているか気になったが、いまは尋ねないほうがいいと判断した。彼は慎重に近づいた。また押し返されるかと思ったが、今度は大丈夫だった。
 彼はサラに腕を回し、細いが逞しい体を引き寄せ、頬にキスした。「きみの気持ちはわかる。おれもついこのあいだ、船を失ったばかりだからな、覚えてるだろ」
 「ええ」彼女は囁いた。「ねえ、ハン・・・お礼を言うのを忘れてたわ」
 「何の?」
 「命を救ってくれたことよ。ほかに何があるの?」
 彼はにやっと笑った。「きみだって、何度も窮地に陥ってるおれを助けてくれたことがあるじゃないか。ネシーのやつらがおれたちをだまそうとしたときのことを覚えてるかい?きみがあの偽データ・カードを見抜いてくれなきゃ、おれは大金を失ってた」
 彼女は歯を鳴らして激しく震えだした。「そ、そんなにや、さしくし、ないで、ハ、ハン」彼女は震えながら何とかそう言った。「ど、どうしちゃ、ったのかしら?」
 彼はサラの髪を撫でた。「アドレナリンが減少したのさ、サラ。戦いのあとには、いつも起こることだ。体が震えて、自分が馬鹿みたいに思える。だが、そうなったときは安全なんだよ」
 彼女は何とか頷いた。「あたしはほ、ほんとうにば、馬鹿よ」
 「でも生きてる馬鹿だ。馬鹿のうちじゃ、これがいちばんましだよ」
 サラは震えながら微笑んだ。


反乱の夜明け
P.95 - P.115
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Last Update 01/Jul/1999