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反乱の夜明け #11
死をかけた挑戦

年 代 出 来 事 場 面 参 考



Rebel Dawn
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 ダーガ・ザ・ハットはデータパッドのスクリーンを見つめ、歓声をあげた。ついに真実がわかった!ブラック・サンは、シゾールの補佐のグリという女性の手を通じて、ジリアク・ザ・ハットが、おそらくは甥と共謀して、アラクの殺害を計画したという決定的な証拠を届けてくれたのだ。実際にこの計画を遂行したのは、テロエンザだった。
 ブラック・サンの証拠の大半は、ジリアクとマルカイトの毒殺者のつながりを証明する、売買と支払いの記録だった。デシリジクのリーダーは彼らから、中規模のコロニーなら破産するほどのX-1を買っていた。そしてそのX-1は、まっすぐテロエンザのところに送られていた。ジリアクが買ってテロエンザに送ったものは、毒薬だけではない。貴重な美術品も含まれていたが、それはいまや、あのトランダ・ティルのコレクションに加わっていた。
 “どおりで、テロエンザの口座には金の出入りがなかったわけだ。テロエンザは品物で受けとれば、収入を“隠せる”と思ったにちがいない”おまけにどれも高価なうえに稀少価値の品が多く、その気になればアンティークのブラック・マーケットですぐに換金できるものばかりだ。
 最近テロエンザが実際にコレクションの一部を換金しているのを見て、ダーガは興味を引かれた。自分のクレジットを使って、中古のターボレーザーを買い求めている。“イリーシアを防衛する準備をしているのは明らかだ。おそらく、ほどなく独立を宣言してくるにちがいない”
 ダーガはテロエンザを縛り、ナル・ハッタに引き立ててきたい衝動に駆られた。だが、そういう衝動的な行動がどんな影響をもたらすか考え、努力して自分の気持ちを抑えた。自分たちのボスがそんな仕打ちを受ければ、サクレドットと呼ばれる副司祭たちはベサディに腹を立てるだろう。副司祭たちはテロエンザが好きだ・・・彼がイリーシアに女たちを連れてきてくれたいまは、とくにそうだ。
 ダーガがテロエンザを捕らえれば、副司祭たちは巡礼にエグザルテイションを与えるのを拒むかもしれない。そして司祭たちが毎夕与える至福のひと時がなければ、巡礼たちがおとなしく働くかどうか。悪くすれば、暴動を起こしかねない!いずれにしろ、司祭たちを失えば、スパイス工場の生産高は急減する。
 残念だが、テロエンザに復讐するためには、その前に入念な準備が必要だ。イリーシアに派遣し、最高位司祭の座に据えられるような、人気とカリスマ性のあるトランダ・ティルを探さねばならない。そして新しい司祭から、忠実なトランダ・ティルにはボーナスを出すと発表させる。それによく考えてみれば、トランダ・ティル女たちは、イリーシアに残しておくほうがいいかもしれない・・・少なくとも、いまのところは。
 この準備には一週間もあれば足りるだろう。もちろん、新しい最高位司祭を乗せたベサディの船が無事にイリーシアに着くまでは、テロエンザに彼の代わりが行くことを知られてはまずい。こちらが暴動を鎮める兵力を確保しないうちに、テロエンザが決起しては困る。
 ダーガは慎重に行動し、テロエンザには最後の瞬間まで何も知らせずにおくことにした。キビクがテロエンザを逮捕せざるを得ない事態になれば、あの最高位司祭の不在をうまくごまかさねばなるまい。“急病”になったことにすれば、たぶん大丈夫だろう。
 テロエンザの配偶者テリーナに、そういう発表をさせることができるだろうか?彼女の命と引き替えに?それと寛大な条件もおまけにつけて?
 ダーガはその点を考慮し、たぶんできるという結論を出した。トランダ・ティルは実際的な考え方をする種族だ。
 あるいはテロエンザをイリーシアに残し、思いどおりに動かす手もあるが・・・キビクにその手腕があるとは思えない。おそらくダーガが逐一指図しなくてはならないだろう。それとも、ジアーをイリーシアに送って、キビクを呼び戻すか・・・。
 キビクは昨日あれからテロエンザに、トランダ・ティル女たちを集めるよう命じたのだろうか?約束の連絡はまだ入ってこないが、これは不思議でも何でもない。キビクは短いあいだしか物事に集中できないし、うっかり約束を忘れる男だ。
 そのとき、ライトが閃き、ダーガの目を捉えた。コム・システムのライトが点滅し、受信したことを知らせている。ダーガがそれを受けると、光の粒子が集まってテロエンザの姿になった。まるで、ダーガの想像が生みだしたかのように。
 最高位司祭は深々と頭をさげたが、ダーガはトランダ・ティルの突きでた目に何かが−自己満足のようなものが−よぎるのを見逃さなかった。「ユア・エクセレンシー、ダーガ卿。恐ろしい知らせです。覚悟をなさってください」
 ダーガはテロエンザをにらみつけた。「何だ?」
 今朝早く、またしてもテロリストが襲ってきました。夜明けの直後に」テロエンザは小さな手を振り絞った。「ブリア・サレンとその配下のコレリアン・レジスタンスの連中です。彼らはレッド・ハンド中隊と自称しております。彼らは管理ビルになだれこみ、ブラスターを撃ちまくったのです。そしてお気の毒なことにあなたのお従兄弟君、キビク卿がそのビームに当たり、殺されました」
 「キビクが死んだ?」ダーガは驚いて叫んだ。従兄弟がイリーシアのコントロールを取り戻せると、本気で期待していたわけではないが、まさか死ぬはめになるとは思わなかった。
 いや、たんなる死ではない。正確にいえば、キビクは殺されたのだ。
 ブリア・サレンが襲ってきたというテロエンザの話は真っ赤な嘘だ。ダーガにはわかっていた。サレンが率いるレッド・ハンド中隊は、彼のソースによれば、このアウター・リムの、イリーシアとは反対の側にいる。そしてつい昨日、帝国軍の前哨基地を奇襲したばかりだ。そこから夜明けにイリーシアに到着できる船など、宇宙広しといえども一隻もない。
 したがって、テロエンザは嘘をついている・・・だが、ダーガがそれを知っていることは、この最高位司祭は知らない。ダーガはこの情報を、どうすればもっとも有効に使えるか考えながら、片手で目を覆い、頭を垂れて、キビクを失って悲しむふりをした。キビクは愚かなハットだった。あんな間抜けは消えたほうが宇宙のためだ。
 “だが、テロエンザはこの嘘で、自分に死の宣告をくだしたのも同じだ。彼の後継者をイリーシアに送りこんだら、ただちに殺してやる...”
 ダーガは静かな声で、遺体をナル・ハッタに送るさいの指示を出した。「どうやら、イリーシアのガードを増やさねばならぬようだな。これほどやすやすと反乱軍の奇襲を許すようではまずい」
 テロエンザは再び頭をさげた。「たしかに、ユア・エクセレンシー。警備を増強してくださるのを感謝します」
 「この状況では当然のことだ」ダーガは自分の声に皮肉が混じらないように気をつけた。「われわれハットがいなくても、二、三日はやっていけるかな?」
 「はい。ビジネスが円滑に進むように、最大の努力をいたします」
 「それはありがたい」ダーガはそう言って通信を終えた。
 彼はすぐにジアーに連絡をとり、テロエンザの代わりを探す方法を指示した。幸いにして、ジアーは有能な管理者だ。彼の命令を理解し、遂行することができる。
 そのあとようやく、ダーガはさきほどからオフィスで忍耐強く待っていた使者に顔を向けた。
 「すまない、レディ・グリ」ダーガは若く美しい人間の女性に向かって軽く頭をさげた。「きみがそこにいるのを忘れるところだった。ほとんどの人間はこれほど静かに待っていることができない。彼らはすぐにもぞもぞ動きはじめる」
 グリもかすかに頭をさげ、会釈を返した。「特別なトレーニングを受けているからですわ、ユア・エクセレンシー。プリンス・シゾールは部下に身じろぎされるのが嫌いなのです」
 「なるほど。見てのとおり、きみが届けてくれた情報には目を通し、わたしの疑いが当たっていたことを確認した。それにまた、これももうおわかりだろうが、テロエンザへの復讐はもう少し・・・適当な時期まで・・・待たねばならん。しかし、ジリアクのほうは・・・これからすぐに彼の館に行き、古いしきたりにのっとって、決闘を申しこむつもりだ」
 「古いしきたり?」
 「最近ではめったに実施されることはないが、古代のハットの習慣では、充分な理由さえあれば、法的な手続きを経なくても、ハット一族のリーダーどうしは闘えることになっている。そして勝者が正しいと認められるのだ」
 「わかりました、ユア・エクセレンシー。プリンス・シゾールは、あなたはそうするにちがいない、と仰せでした。わたしは同行して、正義を貫く助けをするよう指示を受けています」
 ダーガはグリを見つめた。こんな華奢な人間の女性が、ハットやデシリジクのガードたちを相手に何ができるというのか?「わたしのボディガードを務めるだと?しかし・・・」
 グリはかすかに微笑んだ。「わたしはプリンス・シゾールのボディガードも兼ねております、ユア・エクセレンシー。ご安心ください、ジリアクのガードからあなたを守ることぐらいできます」
 ダーガはさらに言い募ろうとしたが、グリの態度の何かが彼を止めた。この女はシゾールの補佐だ。ときには誰かを暗殺することがあっても不思議ではない。おそらく外見からはわからない能力を有しているのだろう。その証拠に、彼女は自信たっぷりだった。
 「よかろう。では出かけるとしよう」
 彼らはダーガのシャトルに乗りこんだ。デシリジクの所有地までは準軌道航行で一時間とかからなかった。
 彼らはジリアクのウインター・パレスが建っている島に着いた。そこは現在デシリジク一族の本部を兼ねている。ダーガは大きな箱を手にしているグリを伴い、ずるずる入り口に向かった。「ダーガ・ベサディ・タイだ。ジリアク・デシリジク・ティオンに会いたい。この会見のために、ささやかな贈り物を持ってきた」
 ガードはふたりをスキャンし、武器を携帯していないことを確認した。そしてジリアクに連絡を入れたあと、ふたりをパレスに通した。ドーゾという名のローディアンの執事が、ふたりをほとんど何もない巨大な謁見室に案内し、それから中に入って頭をさげた。「ベサディ一族のダーガ卿がお見えです」
 入り口の向こうに見えるジリアクは、データパッドを手に何やら仕事をしていた。親の仇の姿を目にしたとたん、若いダーガは怒りに血をたぎらせ、武者震いした。
 ジリアクはわざと一〇分近くもふたりを待たせた。ダーガは身じろぎひとつしないグリに倣おうとした。彼女はまったく変わった人間だ。
 ようやくジリアクはドーゾに頷いた。ローディアンは訪問者に深々と頭をさげた。「デシリジク一族のリーダーにして正義の守り手である、シュプリーム・エクセレンシー・ジリアクがお会いになります」
 ダーガは体をうねらせて前に進んだ。その横にグリが付き添ってくる。ふたりはジリアクの前に立ったが、大きなハット女は黙っていた。ハットの社会では、彼女が声をかけるまでは、ダーガからは話しかけることができない慣わしだ。ふたりはまたしても待った。
 やがてジリアクは巨体を動かした。「ようこそ、ベサディ。贈り物を持ってきたとか。結構なこと。それを見せてもよろしい」
 ダーガはグリに頷いた。グリは前に進み出て、ジリアクの前に箱を置いた。デシリジクのリーダーはリパルサー・リフトに乗ったまま、それに近づいた。
 ダーガは箱に手を振った。「これを献上する。ベサディの尊敬と、あなたの将来に対するわれわれの希望を表わすものだ」
 「どれどれ・・・」ジリアクは野太い声で言い、包み紙を破って高価な美術品を取りだした。それは辺境の惑星ラングーナにある島で作られる、大きなデス・マスクだった。島民たちはこのデス・マスクを彫り、それに準宝石や金銀プラチナ、またその熱帯の海で採れる虹色の貝殻の象眼を施す。
 ジリアクは小さな手の中でマスクを裏返した。ひょっとして、このマスクに込められた意味に気づかないのではないか?ダーガは最初、そう思った。ベサディのリーダーはちらっとグリを見た。グリはあらかじめ打ちあわせてあったように、彼らをふたりきりにするため部屋の出口に向かった。邪魔が入らないように、そこを守ってくれるのだ。ダーガはジリアクに目を戻し、この贈り物の意味を告げようとして、ジリアクが全身を震わせているのに気がついた。
 彼女はダーガをにらみつけた。「ラングーナのデス・マスクとは!」ジリアクは大声で叫んだ。「これが適切な贈り物か?」
 彼女は小さな腕をさっとひと振りして、マスクを投げ上げ、尻尾を使ってそれを謁見室の向こうに吹っ飛ばした。マスクは壁にぶつかり、粉々に砕けた。
 「ああ、適切な贈り物だとも、ジリアク」ダーガは一歩も譲らずに応じ、決闘の口上を口にした。今日、わたしダーガ・ベサディ・タイは、きさまがわたしの親アラクを殺したことを突き止めた。古いしきたりにのっとって、決闘を申しこむ。覚悟するのだな」
 ジリアクは怒りの咆哮を放ち、素早い身のこなしでスレッドから降りた。「死ぬのはおまえよ、成り上がり者!」彼女はうなるようにそう言い、しなやかな尻尾を振り上げ、ダーガに打ってかかった。
 ダーガはそれをかわしたものの、反応が遅れた。ジリアクの尻尾は彼の背中にあたり、肺の空気を押しだした。ダーガは勢いよくジリアクに突進し、分厚い胸で彼女に体当たりした。
 肥満の時期に達した中年のジリアクは、ダーガのほぼ二倍はある。ダーガが勝っているのは、若さが与えてくれるスピードだけだ。ジリアクに捕まったが最後、逃れることはできないだろう。ふたりのあいだにはそれだけの体重の差がある。
 先史時代のリヴァイアサン(大海獣)のように、ときにはかわされ、たたらを踏みながら、ふたりは咆哮をあげてたがいにぶつかりあった。相手の胸をめがけて何度もぶつかり、近くのものを尻尾で壊し、小さな腕で取っ組みあった。
 ドーゾはとうに逃げだし、禍のおよばないところから見守っている。
 “殺せ・・・殺せ・・・殺せ殺せ殺せ!”けたたましい声が心の中で叫ぶ。ダーガは目も眩むような怒りに駆られていた。ジリアクはダーガがあやうく転がりそうになるほど強く尻尾で彼を叩き、怒声をあげてぶつかってくる。ダーガは間一髪で体をうねらせてそれをかわし、巨大な腹に押しつぶされるのを避けた。
 ダーガがジリアクの側頭部を思いきり叩き、ジリアクは傾いた。彼女はまたしても尻尾でダーガを叩こうとして、床を打った。謁見室が揺れた。
 最初のうち、ジリアクは呪いや脅しを大声でわめいていたが、何分かすると息が荒くなり、寡黙になった。日頃動くことのない生活を送っているせいで、疲れてきたのだ。
 “このままもちこたえられれば・・・”ダーガは思った。だが、これはかなり大きな仮定だった。


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 ハン・ソロは、ジャバと一緒にケッセル鉱山に運ぶ積み荷の目録に目を通していた。すると、どさっという大きな音がして、わめき声がそれに続き、さらに床を打つ音や何かが壊れる音がした。人間とウーキーとハットは、驚いてたがいに顔を見合わせた。「何だろう?」ハンはつぶやいた。
 「ジリアクがまた癇癪を起こしているにちがいない」ジャバが言った。
 ほぼ一〇年前、ジリアクの有名な癇癪を実際に見たことのあるハンは、この説明を素直に受け入れた。だが、仕事に戻ろうとすると、わめき声が続けざまに二度聞こえた。しかもひとつは違う声だ。
 ジャバは驚いて体をそらした。「行ってみよう!」
 ハンとチューイーはジャバ・ザ・ハットの横を、小走りに音のするほうに向かった。まったく、ふだんはあんなにのっそりしているが、その気になればハットは驚くほど速く動ける。
 ジリアクの謁見室のドアウェイには、美しいブロンドの女性が立っていた。ハンはその肩越しに中を覗きこんだ。するとジリアクがずっと小柄なハットと闘っているのが見えた。小柄なほうは、片方の目から頬にかけて生まれつきのあざが広がっている。ふたりのハットは大声で吼えながら分厚い胸をぶつけあっていた。
 ハンとチューイーとジャバが近づくと、その女性は首を振り、片手を上げて彼らを制した。「いけません」彼女は言った。「手だしは無用です。ダーガは古いしきたりにのっとり、一族のリーダーとして一族のリーダーと闘っているのです」
 驚いたことに、ジャバはその女を押しやり、おばのもとに駆けつけようとはせず、代わりに首を傾けた。これは人間のおじぎにあたる。「きみはグリだな」
 「はい、ユア・エクセレンシー」ブロンド美人は滑らかに答えた。
 そのとき、フォース・パイクを手にしたガードの一隊が廊下を走ってきた。ジャバは勢いよく振り向き、彼らの前に立ちはだかった。ガモーリアンたちは驚いて目を瞬いた。「おばは癇癪を起こしているだけだ」ジャバは言った。「さがってよろしい」
 ガード・リーダーは疑わしげな顔をしたが、ジャバは動こうとしない。それに、謁見室の中は彼には見えない。彼はひと暴れしたそうに、豚のような鼻をひくつかせ、ためらった。
 「さがれと言ったのだ!」ジャバは両手を振って怒鳴った。ガードたちは不満そうに鼻を鳴らしながら踵を返し、廊下を引き返していった。ハンは再び謁見室を覗きこんだ。ジリアクがものすごい勢いで尻尾を振りおろしたが、小柄なハットはどうにかそれをかわした。コレリア人はジャバを見た。「止めなくてもいいのか?」
 チューバッカもハンと同じことを尋ねた。ジャバは大きな目に狡猾な表情を浮かべ、ふたりに向かって目を瞬いた。「ダーガはベサディ一族のリーダーだ。ふたりのどちらが勝っても、わたしには都合がいい」
 「だが・・・」ハンは口ごもった。「あんたは・・・おばさんに情があるんだと思ってたが」
 ジャバはガモーリアンの子供を見るような目でハンを見た。「そうだとも」彼は優しく言った。「だが、これはビジネスだ」
 ハンは頷き、ちらっとチューイーを見て、肩をすくめた。「ああ、なるほど」
 「ハンよ?」
 「何だい、ジャバ?」
 ジャバは向こうに行けと手を振った。「これは人間が見るべきものではない。わたしの部屋で待っているがいい。あとで会おう」
 “人間の見るべきものじゃないだと?だが、あの女は人間だぞ”ハンはそう言いたかった。ちらっとブロンド美人を見ると、彼女と目が合った。ハンは彼女を見つめた。ジャバがグリと呼んだこの女は、何かがおかしい。目の醒めるような美人だが、近づかないほうが無難だ。まるで毒蛇のような目をしている。この女の肩は頼まれても抱きたくない。
 「あの・・・わかった。あとでな、ジャバ。来いよ、チューイー」
 ハンとウーキーは踵を返し、振り向きもせずにその場を離れた。


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 ダーガは絶望的になっていた。彼は必死にジリアクを疲れさせようとしていたが、ジリアクの力はまだ少しも衰えていない。彼女はダーガよりはるかに逞しく、重かった。彼女の尻尾が一度でもまともに当たったら、彼は叩きつぶされ、この部屋のフロアのしみになってしまう。
 彼らは数えきれないほど何度も体当たりし、思わず悲鳴が出るほどの激しさで胸をぶつけあった。ダーガの全身はいまや無数の打ち身で疼いていた。まるで台に叩きつけられるフラットブレッドのパン種にでもなったようだ。
 ふたりは家具を叩きつぶし、壁に穴を開け、広い謁見室をぐるぐる回りながら闘った。と、ダーガはジリアクのスレッドがすぐそばにあることに気づいた。ジリアクもそれに気づいたとみえて、急に彼を放し、くるりと向きを変え、泣くような声を発して苦しそうに息をつきながら、全速力でリパルサー・スレッドに向かった。
 ダーガはそのすぐ後ろを追いかけた。ジリアクはあのスレッドに乗り、彼に突進してくるつもりにちがいない。そうなったら、彼は一巻の終わりだ。
 彼はジリアクに追いつき、コントロールに向かおうとしたが、あっと声をあげて体をひねった。デシリジクのリーダーがスレッドの下から尻尾で彼の顔を狙ったのだ。
 ダーガは反射的に前に倒れて胸と両手で体を支え、尻尾を頭の上に振り上げた。彼は尻尾を頭の上まで持ちあげ、その先端で慎重にスレッドのパワー・ボタンを押し、スイッチを切った。
 空中に浮いていたリパルサー・スレッドは、ジリアクの尻尾の上に石のように落ち、彼女を釘付けにした。
 ジリアクは苦痛に悲鳴をあげ、尻尾を引っぱり、自由になろうともがいた。再び体を起こしたダーガは、彼女がスレッドを吹っ飛ばせずにいるのを見てとった。彼は体をうねらせ後ろにさがると、身構えて、ジリアクの後頭部を思いきり尻尾で叩いた。
 デシリジクのリーダーは悲鳴をあげた。
 ダーガはもう一度彼女の頭を打った。さらにもう一度・・・。
 五度目に思いきり尻尾を叩きつけると、ジリアクは意識を失った。“死ね!”分厚い肉を打ちながら、ダーガは思った。「死ね!」彼は叫んだ。「死ね!」
 彼女がいつ死んだのか、彼にはよくわからなかった。気がつくとダーガは、血と脳奨にまみれ、つぶれた肉を、狂ったように打ちすえていた。ジリアクの目はつぶれた穴になり、粘液にまみれた舌が口から出ている。
 ダーガはどうにか自分を止め、周囲を見まわした。謁見室の入り口では、グリがジャバの横に立っている。このシゾールの暗殺者は、どうやらガードたちを、そしてジャバを入り口でくい止めたようだ。あの若い女が何であれ、外見以上の力を持っているにちがいない。ダーガは疲れた心でそう思った。
 ダーガはのろのろと動き、ジリアクのスレッドに乗り、そのスイッチを入れた。疲れきって、歩くどころかスレッドを操縦するのが精いっぱいだった。まるで九〇〇歳になったような気がする。
 彼は死んで横たわるジリアクを残し、謁見室を横切った。
 入り口に着くと、彼はジャバと戦うために止まった。最高のコンディションのときなら、ジャバと互角に戦えるかもしれない。だが、いまは・・・その気力も体力も残っていない。
 グリが前に進み出て、かすかに頭をさげ、敬意を表した。「決闘に勝って、おめでとうございます、ユア・エクセレンシー」
 ダーガはグリを見た。「きみはプリンス・シゾールの暗殺者だな、グリ?」
 「わたしはあらゆる面でプリンスの補佐を務めております」グリは静かに答えた。
 「ハットを殺すこともできるのか?」
 「もちろんです」
 「では・・・ジャバを殺してくれ」
 グリはかすかに首を振った。「いいえ、ユア・エクセレンシー。あなたがジリアクに復讐するのを助けよ、これがプリンスの命令でした。その目的は達成されました。ここを引き上げましょう」
 ダーガはジャバに向かおうとした。が、シゾールの補佐は、ふたりのあいだに割って入った。彼女の言いたいことは明らかだった。「これで引き上げましょう」グリは繰り返した。
 ジャバはふたりを通すために横に寄った。グリがしなやかな身のこなしでジリアクのリパルサー・スレッドに飛び乗る。大勢の足音が聞こえた。ガードたちがやって来たのだ。だが、ジャバは片手を上げて、彼らを制した。
 「さっきさがれと言ったはずだぞ!」ジャバは一喝した。「さがれ!」
 ガードたちはあわてて退散した。
 ジャバはグリを見た。「彼らを無駄に失いたくないからな。彼らはたいていの侵入者には、効果的な防御になる」
 グリは頷き、スレッドを操作してその場を離れはじめた。ダーガはスレッドの上からジャバをにらんだものの、それで最後の力がつき、ぐったりと横たわった。あまりにも疲れはて、勝利を祝う気力もなかった。


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 ジャバはのろのろとおばの巨体に近づいた。おばが死んだとは信じられなかった。きっと寂しくなるだろう。だが、ハン・ソロに言ったように、これはビジネスだ。彼自身だけではなく、デシリジクのためでもある。
 つぶれた頭を見ると、吐き気がこみあげた。しばらくは食欲がわきそうもない。
 彼はしばしその場に立ち尽くしていた。まず何をすればいいのか?いまやデシリジクのリーダーとなった彼は、おそらくハット大評議会に呼ばれるだろうが、これが古いしきたりにのっとった一族のリーダーどうしの決闘だということがわかれば、評議会が文句をつけることはできないはずだ。
 そして、もし訊かれたら、評議員たちに、実際にジリアクがアラクに毒を盛るよう画策したことを告げればいい。
 そのとき、いきなりジリアクが動いた。
 ジャバは驚いてのけぞった。“おばが生き返った!きっとかんかんに怒るだろう!だめだ!”ショックのせいで心臓が壊れるほど激しく打っていた。そんなことが起こるだろうか?おばが死んでいることは間違いない。一〇〇パーセント確実−
 巨大な死体が再び動いた。そして・・・ジリアクの赤ん坊が腹の袋から出てきた。ジャバはそれを見て体の力を抜いた。“動いたのは赤ん坊だったのだ”彼は一瞬、迷信的な不安にとらわれたのを恥じた。
 ウジ虫のような生物は、小さな手や尻尾を振り、やかましい声をあげながらジャバに向かってくる。
 ジャバは憎々しげにそれを見つめた。デシリジクのリーダーには、ジャバが選ばれることは間違いないが、将来に禍根を残すことはない。
 ジャバはおばの無力な赤ん坊に向かってゆっくり体を滑らせた・・・。


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 ジリアクを叩きつぶした翌日、ダーガは体のあちこちが痛んで、動くこともままならなかった。しかし、テロエンザから通信が入ると、彼はその痛みを隠して応答した。指示どおりにキビクの遺体をナル・ハッタに送りだしました、テロエンザはそう報告した。
 「ユア・エクセレンシー」最高位司祭は言った。「イリーシアにはさらなるガードが必要です。したがって、わたしの判断で、もちろん費用もわたし持ちで増員しました。ベサディに弁済してもらえれば、それにこしたことはありませんが、防御を厳重にしなければ夜もおちおち眠れません。あの反乱軍の連中に、これ以上勝手な真似はさせられませんから」
 「わかった。ガードを増員するよう心がけよう」
 「ありがとうございます、ユア・エクセレンシー」
 ダーガは接続を切ると、ちょうど帰る挨拶に立ち寄ったグリに顔を向けた。「テロエンザはどうやらもうすぐ動きそうだ。ベサディからの独立を宣言するつもりだろう」
 グリは頷いた。「おそらくそのとおりでしょう」
 「イリーシアの兵士たちはテロエンザに忠実かもしれん。したがって、何らかの方法で後釜を見つけるまで、彼を抑えておく必要がある。そこで、きみのマスター、プリンス・シゾールに頼みたいのだが」
 「何でしょう、ダーガ卿?」
 「軍隊を貸してもらいたい。彼がイリーシアに軍隊を送ってくれれば、スムーズに最高位司祭の首をすげかえることができよう。副司祭や巡礼たちの不満を買わずに、テロエンザを始末できる。プリンスはいくつかの傭兵部隊を、命令ひとつで動かせると聞いている。統制のとれた最新兵器で武装した軍隊が相手なら、テロエンザのガードたちも戦いを挑むような馬鹿な真似はしないだろう」ダーガはあざだらけの体の痛みをこらえ、まっすぐにグリを見た。「この状況を説明し、プリンスに頼んでもらえるかな、グリ?」
 「承知しました」グリは答えた。「ですが、自分の利益を守るためならともかく、ハイネスはめったに軍隊を動かしません」
 「わかっている」ダーガは沈んだ声で言った。これから言うことは、できれば言わずに済ませたかったが、すべてを失うよりはましだ。「その代わりに、今年のイリーシアの利益の何パーセントかを進呈しよう」
 グリは頷いた。「あなたの申し出は伝えます、ダーガ卿。ハイネスの返事をお待ちください」彼女はかすかに頭をさげた。「では・・・これで失礼します、ユア・エクセレンシー」
 ダーガはこわばった首が許すかぎり大きく頷いた。「ごきげんよう、グリ」
 「ごきげんよう、ダーガ卿」


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 ジェイス・ポールがホロカムの上に現われたとき、ブリア・サレンはマローダー・コルヴェット、<リトリビューション>のオフィスで仕事をしていた。「中佐、あなた宛のメッセージを受信しました。プライベート・コードを使った、厳重に保護されたチャンネルに入っています」
 「司令部から?」
 「いいえ、中佐。民間からの通信です」
 ブリアは驚いて眉を上げた。「ほんと?」外部の人間で、彼女のプライベート・コードを知っている者はほんのひと握り、二、三の情報部員だけだが、彼らが直接連絡を入れてくることはありえない。「そうね・・・ここにつないでちょうだい」
 まもなく、コム・ユニットの上に小さな映像が現われた。
 ブリアは驚いてそれを見つめた。“ハット?”ハットでこのコードを知っているのはジャバだけだ。だからこれは彼にちがいない・・・ブリアの目には、ハットはみな同じに見えた。ぼやけたホロ・メッセージではなおさらだ。彼女は映像に向かって呼びかけた。「ジャバ?あなたですか、ユア・エクセレンシー?」
 「わたしだ、サレン中佐」
 「ええ・・・あの・・・連絡をいただけて光栄ですが、何の用でしょう、ユア・エクセレンシー?」
 ハットのリーダーはかすかに頭を傾けた。「サレン中佐、すぐにナル・ハッタに来てもらいたい。おばが不幸な最期を遂げたため、わたしがデシリジク一族のリーダーとなった。きみと話し合いたい」
 ブリアは息を止めた。彼女がジリアクに会いに行ってから、まだ一か月にしかならない。それなのに、あのハットが死んだ?
 だが、それは彼女には関係のないことだ。ブリアは深々と頭をさげた。「仰せのとおりに、ユア・エクセレンシー。イリーシアのスパイス工場に関する交渉を再開したい、そういうことですね?」
 「そのとおり。司祭たちを始末するため、イリーシアに情報部員を送りこんでいるところだ。イリーシアに攻撃をかける準備が整った。ベサディの経済的な独占にストップをかける時がきたのだ」
 二日後にお会いしましょう」ブリアは約束した。


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Last Update 16/Jul/2000