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反乱の夜明け #10
契約・帰還・謀殺

年 代 出 来 事 場 面 参 考



Rebel Dawn
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 「失せろ!」ダーガ・ベサディ・タイは球根のような目をくるりと回し、小さなユビーズのチャイム・プレーヤーに謁見室から出ていけと手を振った。「もうたくさんだ!」かん高い混沌とした音楽は快かったが、自分がしなければならないことをするのに必要な勇気を、奮い立たせる役には立たない。
 何か月も苛立たしい日々が続き、何時間も結論の出ない時間が続いたが・・・あれだけ努力したにもかかわらず、愛するアラクの殺害を企てた犯人は、まだ特定することができない。ダーガは盗聴を怖れてたったいま天井からおろした金属の仕切りのように、つるんとした壁にぶち当たっていた。彼はコム・ユニットのキーを叩きながら、念のためにプライバシー・フィールドも起動した。これからしようとしていることは、誰にも知られたくない。ジアーにも・・・、執事のオズマンにも・・・誰にも。
 あらゆる手を尽くし、調査したにもかかわらず、アラクの死にテロエンザか、デシリジクが関わっているという証拠はおろか、彼らが会ったという証拠も見つからない。
 そろそろ限界だ。彼のみぞおちで沸々とたぎる怒りは日毎に強くなっていく。彼はその圧力を和らげるために少しばかり体をひねり、尻尾をひくつかせた。これは人間にすれば、神経質に歩きまわるのと同じ動作にあたる。“充分気をつければ、のっぴきならないはめには陥らずに済むとも”ダーガは自分にそう言い聞かせた。“あの男に頼めばとてつもなく高くつくだろうが、これ以上宙ぶらりんの状態には耐えられない”
 プライバシー・フィールドが確立し、彼の四方を壁が囲むと、ダーガは最後にもう一度セキュリティ・スキャンを行ない、盗聴や声のもれがないことを確かめた。それからようやくコム・システムのスイッチを入れ、ハット卿は最も保護されているチャンネルを使ってシグナルを送った。“ひょっとするとシゾールは留守かもしれない・・・”ダーガはほとんどそれを望むような気持ちで思った。
 だが、そんな簡単にはいかなかった。ダーガはシゾールの部下から部下へと次々に回された。そのたびに相手の追従はエスカレートしていく。たらいまわしにされているのか?ダーガがそう思いはじめたとき、電波の霞が合体し、透き通ったファリーンのプリンスの姿が現われた。シゾールのモスグリーンの肌は、相手がダーガだとわかるとかすかに明るくなり、彼は愛想のよい微笑を浮かべた。この微笑には、いささか自己満足が混じっているだろうか?考えすぎだぞ、ダーガは自分をたしなめた。
 ついに連絡を取ってしまったからには、さっさと終わらせるのがいちばんだ。ダーガはブラック・サンのリーダーに向かって会釈した。「プリンス・シゾール・・・ごきげんよう」
 シゾールは微笑し、ホログラムの光のせいでいっそう邪悪に見える目をハットに向けた。「ああ、ダーガ卿、わが親愛なる友。あれから何か月も経ちましたな・・・一標準年以上だ。お元気でしたかな?あなたのことを心配していたのですよ。今回の通信はまた、どんなご用ですかな?」
 ダーガは落ち着けと自分に言い聞かせた。「わたしは元気です、ユア・ハイネス。だが、父を殺した犯人を特定する証拠が、まだあがらない。そこで犯人を見つける手伝いをしてくれるというあなたの申し出を・・・受けたいと思う。そちらの情報ネットワークを使い、わたしの疑惑を裏づけするか、否定する証拠を見つけだしてもらいたい」
 「ほう・・・」シゾールはダーガを見据えた。「これは意外な返事ですな、ダーガ卿。あなたは自分の能力をファミリーに証明するため、自分の力で犯人を突き止める必要があるのでは?」
 「その努力はしたのだ」返事をかわすようなシゾールの言い方に反発を感じながら、ダーガはかたい声で答えた。「ユア・ハイネス・・・ブラック・サンは協力すると言ってくれた。わたしはいまそれを受けたいと思う・・・代価がおりあえば、だが」ダーガは付け加えた。
 シゾールは頷き、安心させるように微笑んだ。「ダーガ卿・・・心配はいらない。あなたのお役に立ちますよ」
 「誰がアラクを殺したのか、どうしても知る必要がある。代価は払う・・・もちろん、適正な範囲で、だが」
 シゾールは微笑を消し、背筋を伸ばした。「ダーガ卿、あなたはどうやらわたしを誤解しているようだ。わたしはクレジットは欲しくない。欲しいのはあなたの友情だけだ」
 ハットはこの言葉の裏にある真の意味を読みとろうと努めながら、ホロのシゾールを見つめた。「お言葉を返すようだが、ユア・ハイネス。あなたはそれ以上のものを欲しているとしか思えないが」
 シゾールはため息をついた。「マイ・フレンド、何ひとつわれわれが望むように単純にはいかないものですな。たしかに、わたしには要求したいことがある。ささやかな友情のしるしだ。ベサディ一族の長として、あなたはナル・ハッタのプラネタリー・ディフェンス・システムの内情に通じているはずだ。わたしは兵器とシールドの完全な概要が欲しい。正確な威力と位置も一緒に」
 ファリーンのプリンスはにっこり笑った。今度の笑いには明らかにそれとわかる嘲笑が含まれていた。
 ダーガはたじろぎ、それから急に襲ってきた恐怖と狼狽を抑えこもうとした。“ナル・ハッタのディフェンスだと?そんな情報を仕入れて、いったい何に使おうというのだ?まさかブラック・サンに、ナル・ハッタを攻撃できるはずはない・・・それとも、できるのか?”
 ひょっとすると、シゾールはこちらを試しているのかもしれない。このファリーンのプリンスが何かを企んでいるとは思えないが・・・それを確かめる手段はなかった。ダーガはパレスの外に広がる川の多い荒野を思った。遠くの地平線には、つねに銀のナー・シャッダが細く見える。最悪のシナリオが現実となっても・・・もはやベサディはこのナル・ハッタを必要としてはいない。彼の一族は大昔に祖先が征服した、この“輝ける宝石”がなくてもやっていける。ベサディにはイリーシアン星系がある・・・。
 そしてハットの残りの一族−ベサディではない一族−は、いずれにしろ、彼の敵となっていた。大評議会による譴責と一〇〇万クレジットの罰金というささいな問題もある。
 ダーガは自分の壇の小さなくぼみにおさまっている、肥えた老アラクの写真に目をやり、それからホロ映像のシゾールに目を戻した。「情報は提供しよう」彼は言った。「とにかく、事実が知りたい」
 シゾールは軽く会釈した。「ダーガ卿、そちらの情報を受けとりしだい、全力をあげて協力する。では、ごきげんよう・・・」
 ダーガもできるだけ心をこめて会釈を返し、それから接続を切った。胃がかたくしこっていた。いやな予感がする・・・。


Rebel Dawn
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 シゾールはコム・コンソールから目を離し、グリを見た。形のよい唇には、本物の微笑が浮かんでいた。「思っていたより、はるかに簡単に運んだな。これでより深く楔を打ちこむことができた。ダーガとベサディは、まもなくほかのハットから孤立するだろう。親の仇に復讐したいがために、自分の種族全体を裏切るとは、あのダーガはいったい何を考えているのかな」
 グリはシゾールを見つめた。「マイ・プリンス、ハットと気長に付き合ってきたかいがありましたね。ベサディがほかのカジディクに、あれほど強く非難されたのが幸運でしたわ」
 「そうだな」ファリーンは両手を合わせ、長い指をたがいに軽く叩いた。「これまではともかく、ダーガはいまや、仲間のハットには何の愛情も持っていない。彼の嘆きと不安定な精神状態が、われわれがハット・スペースに足掛かりを作るキーになってくれるだろう。それと、複雑な問題に単純な答えを当てはめようとするデシリジク族の傾向がな。ダーガが望んでいる証拠は、すでに手に入っているのだろう、グリ?」
 HRDは無表情に答えた。「もちろんです、マイ・プリンス。証拠の入手と、法医学研究所の病理学者を突き止めるにあたっては、市民グリーンがたいへん役に立ってくれました。グリーンはきわめて有能な人間です」
 シゾールは頷き、肩にかかったポニーテールを払った。「われわれが調査をしたと思わせるために、二〇〇標準時間待って、おまえが直接それをダーガに届けろ。ダーガはそれを見たら、すぐさまデシリジクのところに向かうだろう。彼に同行し、必要なら手助けをするがいい。そしてジリアクに対する復讐を遂げさせるのだ。だが、ジャバを傷つけてはならんぞ。ジャバはこれまでわたしの役に立ってくれた。これからもおそらく、役に立つだろう。テロエンザもだ。あのトランダ・ティルも、われわれのプランには欠かせない存在だ。わかったな?」
 「仰せのままに、マイ・プリンス」グリはしなやかな動きで足早に部屋を出ていった。
 シゾールはその後ろ姿に感心しながら、彼女を見送った。グリには九〇〇万クレジット払ったが、その価値は充分にある。グリがそばにいれば、ハットといえども怖くはない。
 そのうち皇帝に歯向かうことさえできるかもしれない。


Rebel Dawn
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 コーポレート・セクターから第二の故郷に戻ると、ハン・ソロは全員に温かく迎えられた。ただし、ランドとサラ・ゼンドは、そのなかには含まれていなかった。ランドはドレア・レンサルとロマンチックな旅に出かけ、四、五日は帰ってこない予定だった。
 そしてサラは・・・ハンは何事もなかったように彼女との関係を続けられるとは思っていなかったが、彼女から完全に肘鉄を食わされるとも思っていなかった。サラの姿はシャグのスペースバーンで遠くから一、二度見かけたが、彼女はハンかチューイーの姿が目に入ったとたんに踵を返し、姿を消した。
 サラの様子を尋ねると、誰もが口を揃えて、彼がいないあいだも元気でやっていたと答えた。真剣な付き合いではなさそうだが、何人かの男と一緒にいるのを見たこともある、と。彼女はどうやらランドとも、しばらく一緒に働いていたようだった。が、ふたりのあいだに仕事以外の関係があったかどうかは、定かではなかった。
 ジャリクは恋人と別れ、以前の彼に戻っていた。そしてハンが戻ってきたことを喜んでくれた。ジージーですら、アパートの正式の借り手が戻って嬉しそうだった。
 ハンはランドが戻ったことを聞くと、すぐさま彼のアパートに会いに行った。握手を交わし、背中を叩き合い、短く抱き合ったあと、ランドは一歩さがってつくづくハンを眺めた。「元気そうだな」彼は言った。「床屋に行く必要はあるが」
 「おれはいつもそうさ」ハンは皮肉たっぷりに答えた。「ウーキーと一緒にいるせいだな。ウーキーにとっちゃ、くしゃくしゃの髪が最高なんだ」
 ランドは笑った。「いつものハンだな。おい、ゴールデン・オーブに行こうじゃないか。おれのおごりだ!」
 ほどなく彼らはブースのひとつに落ち着き、大きなジョッキを前にしていた。「で・・・いままでどこで、何をしていたんだ?その傷を作ったいきさつは、バディ?」
 ハンはコーポレート・セクターでの冒険をかいつまんで話したが、それでも終わったときには、ふたりとも三杯目を飲んでいた。
 ランドは首を振った。「わお、おれもセントラリティで、いくつか同じような経験をしたぞ。次々に悪いやつが現われた。運よくひと財産手に入れては、なくし・・・で、おれの船はどんな調子だ?」
 ハンはオルデラニアン・エールをぐっとあおり、袖で口を拭いた。「あんたの船だって?」彼はいまやおなじみのやりとりを楽しみながら、大声で笑った。「<ファルコン>は最高さ。いまじゃ、コンマ五の光速で飛べる」
 ランドは目を見ひらいた。「まさか!」
 「本当さ。コーポレート・セクターにハイパードライブを主軸で回転させられる老体がいて、二回ばかりちょいと手を加えてくれたんだ。ドクはまったく腕のいいメカニックだった」
 「そいつはぜひ乗ってみたいな」ランドはすっかり感心してそう言った。
 「で、あんたはどうしていたんだ?」
 ランドはグラスを傾けて心の準備をすると、爆弾を落とした。「ハン、おたくに話さなきゃならんことがある。二週間前にブリアに会った」
 ハンは急に背筋を伸ばした。「ブリア?ブリア・サレンか?どうやって?なぜだ?」
 「話せば長くなるんだが」ランドはそう言ってにやっと笑った。
 「だったら、さっさと始めてくれ」ハンは険しい顔で言い返した。
 「彼女はまったく抱き心地のいい女性だな」ランドはため息をついた。
 ハンはさっと身を乗りだし、刺繍入りのシャツの襟をつかんだ。
 「わお!」ランドはあえいだ。「何もなかったのさ!おれたちは一緒に踊った。それだけだ!」
 「踊った?」ハンは襟を放し、恥ずかしそうな顔で腰をおろした。「そうか」
 「まったく、どうかしてるぞ、ハン。彼女には何年会ってないって?」
 「悪かった。どうかしてたよ。昔惚れていたんだ」
 ランドはまたしてもにやっと笑った。が、今度は少しばかり用心深かった。「まあ、彼女はまだおたくが好きだとさ。それもかなり」
 「ランド・・・詳しいいきさつを話してくれ」
 「いいとも」ランドは<クイーン・オブ・エンパイア>での冒険を語って聞かせた。シャトル・ベイで海賊の一行と鉢合わせしたくだりにさしかかるころには、ハンは身を乗りだし、彼の一語一語に感嘆符をはさんでいた。
 そして話が終わるとゆったりと座り直し、エールを飲みながら首を振った。「すごい話だ。ランド、あんたはこれで二度もボバ・フェットに立ち向かったことになる。たいした勇気だ、パル」
 ランドは肩をすくめ、いつもの彼に似合わぬ真剣な表情で言った。「賞金稼ぎは嫌いでね。どんないやなやつでも、賞金稼ぎの餌食にはしたくない。おれにとっちゃ彼らは、奴隷を使う連中と同じように憎むべき存在なのさ」
 ハンは頷き、それから微笑した。「ドレアがあんたを気に入っててよかったよ」
 「彼女がブリアを助けてくれたのは、あんたに借りがあることを思いだしたからさ」
 「まあ、おれもその一件じゃ、ドレアに借りができたな。あんたが今回の旅で、彼女をたっぷり楽しませてあげたことを祈るよ」
 「あたりまえだ。ほかのことはともかく、レディを楽しませるのは、最も得意とするところだからな」
 「それで・・・ブリアはいつ、おれのことが好きだと言ったんだ?ボバ・フェットといるときは、しゃべるなと言われていたんだろう?」ハンはランドの話を思い返しながら尋ねた。
 「ああ、彼女にはもう一度会ったんだ。このナー・シャッダで」
 ハンは憎々しげにランドをにらみつけた。「へえ?」
 「ああ、そうさ。そう怖い顔をするな。ディナーをおごっただけだ。彼女はイリーシアの攻撃に資金を出してくれるよう、ジリアクとジャバに掛け合いに来たんだが、断わられた。がっかりしていたんで、慰めたのさ」ランドはため息をついた。「食事のあいだ、彼女が話したのはおたくのことばかりだった。まったくうんざりだったよ」
 ハンはにやっと笑った。「そうかい?」彼はできるだけさりげない調子で言った。「ほんとに?」
 ランドはわざと彼をにらんだ。「ああ。そうとも。なぜだかおれにはさっぱりわからんがね」
 「ブリアを捜そうかと思って帰ってきたんだが。サーン・シルドのペントハウスで会ったことを考えると・・・まあ、彼女がレジスタンスの任務を遂行していたことは、あんたの話でわかったよ。腕利きの情報部員は、情報を手に入れるためなら何でもするんだろうな・・」
 「そのことはおれも聞いてみた。シルドはみんなに愛人だと思わせたがっていたが、実際にはそうじゃなかったらしいぞ。それに、巷の噂じゃ、シルドってやつはたしかに一風変わった・・・好みの・・・持ち主だったようだ」
 「うむ・・・」ハンはランドの言葉を考えてみた。「彼女はおれの話をしたって?まだおれのことが好きだって?」
 「ああ、そのとおりさ。おたくが壁のミルミンなら、いまよりもっと頭がでかくなるだろうな」ランドは短く笑い、グラスの残りを空けた。「まったく、うんざりだった、パル」
 ハンは微笑した。「まあ・・・彼女を助けてくれて感謝するよ。あんたには借りができたな、ランド」
 「彼女を捜すべきだぞ。どうすれば見つかるか、わかってればだが」
 「ああ、そうするかもしれん」ハンは言い、それから真面目な顔になった。「ランド、昨日聞いたんだが、悪いニュースがあるんだ」
 「何だい?」
 「マコ・スピンスだ。オッテガ星系でナクオイト・バンディッツに出くわしたらしい。見つかったときには瀕死の重傷を負ってたそうだ。ここに運ばれ、いまはコレリアン街区のリハビリ施設にいる。シャグの話じゃ、二度と歩けないそうだ」
 ランドは暗い顔で首を振った。「そうか・・・そいつはひどいな!おれなら死んだほうがましだ」
 ハンは厳しい顔で頷いた。「おれもさ。それで・・・明日、彼に会いにいかないか?おれは行くつもりなんだ。マコは昔なじみだし・・・だが、ひとりで行くより、ふたりのほうがいい。そのほうが、少しは元気づけてやれるかもしれん」
 ランドは肩をすくめた。「状況を考えると、それは無理だろうな。だが、いいとも、一緒に行くよ。せめてそれくらいはしないとな。マコは仲間だ」
 「ありがたい」
 翌日、ふたりはリハビリ・センターに出かけた。めったにそういう場所に入ったことのないハンは、ひどく居心地が悪かった。彼らは受付のドロイドにマコの病室を聞き、そちらに向かった。が、病室の前でためらった。「ランド・・・こういうのは苦手なんだ」ハンは小声で告白した。「インプに追い回されるほうがまだましさ」
 「おれも同じだよ。だが、マコに会わずに帰ったら、もっと気持ちが重くなる」
 ハンは頷いた。「おれもだ」ハンは深く息を吸いこみ、病室に入った。
 マコ・スピンスは特殊な治療用のベッドに横たわっていた。病室の中にはバクタのにおいが、まだかすかに残っている。いかつい顔の傷はほとんど治っていたが、ひどい状態だったにちがいないことは見てとれた。ナクオイト・バンディッツは決して優しい心の持ち主とはいえない。
 マコの肩までの髪は枕に広がっていた。最後に会ったときは、白いものが交じっているとはいえ、まだ黒かった髪が、いまはくすんだ鋼鉄色になり、細くなっている。マコは目を閉じていたが、なぜかハンには彼が眠ってはいないことがわかった。
 ハンはためらい、それから思い切って声をかけた。「やあ、マコ!」彼は元気よくそう言った。「おれだ、ハンだよ!コーポレート・セクターから戻ったんだ。ランドも一緒だ」
 マコは薄い色の冷たい目を開け、無表情にふたりの友だちを見た。話すことはできるはずだが何も言わない。マコは右腕に損傷を受け、両脚も使えないが、脳と声帯には何の異常もないのだ。
 「おい、マコ」ランドが言った。「生きて戻れてよかった。オッテガ星系でこんなひどい目に遭って、気の毒だったな・・・その・・・」
 ランドの言葉が途切れると、ハンがあわててあとを続けた。どんな言葉でも、壁に跳ね返るような沈黙よりはましだ。「ああ、ナクオイトは屑だ。その・・・つらいだろうが・・・おい、心配することはないぞ。みんなで金を出しあったんだ。リパルサー・チェアを買うのに充分なクレジットが集まった。あれは便利だ。どこにでも行ける・・・もうすぐ・・・元気になって起きられるさ」
 ハンもしまいには言葉がつき、ランドを見た。マコはまだひと言も口をきかなければ、動こうともしない。
 「ああ、そうとも」ランドは何とか役目を果たそうとした。「なあ、マコ、何か必要なものがあるか?あったら言ってくれ。おれたちで何とかする。そうだな、ハン?」
 「するとも」ハンはもっと何か言おうとしたが、言葉が出なかった。「あの・・・マコ?なあ、バディ・・・」
 マコは無表情のまま、のろのろと顔をそむけた。それが意味するところは明らかだ。“とっとと帰れ”
 ハンはため息をつき、それからランドを見た。
 マコ・スピンスを静寂のなかに残し、ふたりは静かに病室を出た。


Rebel Dawn
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 ジャバ・ザ・ハットからは、はるかに喜ばしい歓迎を受けた。ハンはナー・シャッダにあるカジディクの司令部本部にデシリジクのリーダーを訪ねた。ナー・シャッダにいるジリアクの執事、ディエロが顔を上げ、温かい笑顔を浮かべた。ディエロは女性で人間だ。「ソロ船長!ようこそお戻りになりました。ジャバにはすぐにお通ししろと言われています」
 ジャバを訪ねたときは待たされるのがつねなので、これを聞いてハンは大いに気をよくした。
 ハンががらんとした巨大な謁見室に入っていくと、ジャバはひとりだった。彼は体をうねらせ、両手を大きく広げて、自らハンのところにやってきた。「ハン、マイ・ボーイ!会えて嬉しいぞ!ずいぶん長いこと留守にしていたではないか!」
 ハンはジャバが本気で抱きしめるつもりだと思って、一瞬、肝を冷やし、鼻にしわを寄せないように気をつけながら、急いで後ずさった。ハットの体臭には、もう一度最初から慣れなくてはならない。
 「やあ、ジャバ、ユア・エクセレンシー。歓迎してもらえて嬉しいですよ」
 「“ユア・エクセレンシー”はよけいだぞ、ハン!」ジャバはいつものように、割れ鐘のような声で言った。ハンがハットの言葉をよく知っていることは承知していたから、もちろん、ハット語だ。「われわれは古い友人だ。堅苦しい呼び方は必要ない!」
 このデシリジク卿は、したたるような好意を示していた。ハンは微笑を押し殺した。“どうやら、ビジネスがうまくいっていないのだろう。まあ、必要とされるほど、ありがたいことはない”
 「いいとも、ジャバ。で、景気はどうだい?」
 「景気は・・・景気は少しばかり・・・思わしくない」ジャバは答えた。「ベサディが、彼らに呪いあれ、デシリジクの向こうをはり、自分たちの輸送艦隊を建造しようとしている。それに、不幸にして、最近は帝国軍の取り締まりがいちだんと厳しくてな。帝国の税関船と、海賊の横行で、スパイスのビジネスは打撃を受けている」
 「例によって、ベサディは尻に突き刺さった棘ってわけだ」
 ジャバはハンの気の利いた表現に喉の奥で笑った。が、ハンの耳にさえ、その笑いは少しばかりうつろに響いた。「ハン、ベサディは何とかしなくてはならん。どうすればいいかはわからんが」
 ハンはジャバを見た。「コレリアン・レジスタンスが、イリーシアを奇襲するから、資金を援助してくれと言ってきたそうじゃないか」
 ジャバはハンがこの話を知っていることに、驚いた様子はなかった。彼は大きな頭を前後に振って頷いた。「きみの知り合いが会いに来たぞ・・・ブリア・サレンだ」
 「彼女とは一〇年も会ってないんだ。いまは反乱軍のリーダーらしいな」
 「そのとおり。彼女の申し出はきわめて興味深いものだった。しかしながら、おばにはレジスタンスを援助する気はないのだ。目下、ベサディを倒すべつの方法を探しているところだ。何か手を打たなければならん。彼らは極上のスパイスの出荷を控え、価格をつり上げている。われわれのソースは、イリーシアの倉庫はスパイスで満杯で、それでも間に合わず、新しい倉庫を建てている最中だそうだ」
 ハンは首を振った。「そいつはまずいな。で、ジリアクは?元気なのかい?赤ん坊は?」
 ジャバは顔をしかめた。「おばは元気だ。赤ん坊も健康だ」
 「だったら、どうしてそんな顔をするんだ?」
 「おばの母親ぶりにはまったく感心するが、そのせいで、わたしの仕事が非常に増え、タトゥイーンのビジネスまで手が回らない。それどころか、デシリジクのあらゆる問題に対処するのも、ままならない始末だ」
 「ああ、わかるような気がするよ、ジャバ」ハンは足を踏み変え、体重を移した。
 ジャバはハンがそわそわしているのに気づき、珍らしく思いやりを示した。「どうした、ハン?」
 ハンは肩をすくめた。「べつに。ただ、この謁見室に人間が座れる椅子があればいいと思ってさ。立ったままで話し続けるのは、脚が疲れるんだ」彼はためらった。「床に座ってもいいかな?」
 「ホッホウ!」ジャバは低い声で笑った。「つねづね思っていたが、脚というのは不便なものだな。ハン、マイ・ボーイ、きみを床に座らせたりするものか」ジャバは見かけよりはるかに機敏な動きで踵を返し、まるめた尻尾を前に差しだして、招くように叩いた。「ここに座るがいい」
 ハンはジャバがとてつもない好意を示してくれたことに気づき、抗議する鼻に心の中で黙れと命じた。そしてジャバの尻尾に歩み寄り、木の幹に座るようにそこに腰をおろした。これだけ近寄るとすさまじい臭いだが、彼はどうにか微笑を浮かべた。「おれの脚が感謝してるよ、ジャバ」
 「ホッホッホウ!」至近距離で聞くハットの笑い声に、ハンの耳はキーンとなった。「ハン、きみはわたしの踊り子と同じくらい、わたしを楽しませてくれるぞ」
 「どうも」ハンはジャバの機嫌を損ねない範囲で、できるだけ早く立ち上がり、ここを立ち去りたいと思いながらどうにか答えた。ジャバはほとんどハンと向き合わんばかりに体をまるめた。
 「で、サレン中佐のことはどう思った?」
 「人間にしては、きわめて理性的で有能なようだ。ジリアクは彼女の申し出を拒否したが、わたしは興味を持った」
 「さっきも言ったように、おれは何年も彼女に会ってないんだ。どんな様子だった?」
 ジャバは高笑し、唇を舐めた。「あの女ならいつでも踊り子に雇いたいな」
 ハンは顔をしかめたが、ジャバには見られないように気をつけた。「その、ああ・・・まあ、彼女が承知するかどうかわからないが。容姿がいいだけじゃ、中佐にはなれないからな」
 ジャバは真面目な顔に戻った。「彼女には感銘を受けた。彼女の申し出は実現可能かもしれん」
 「どんな申し出だったんだい?」
 ジャバはコレリアン・レジスタンスのプランの概略を説明してくれた。ハンは肩をすくめた。「イリーシアの大気圏を通過するには、よほど腕のいいパイロットが必要なんだ。ブリアはその問題には、どう対処するつもりだったのかな?」
 「さあな。ハン、きみがいたとき、イリーシアのコロニーには一か所につき、おおよそ何人ぐらいのガードがいたのかな?」
 「ああ、スパイス工場で働いてる奴隷の数によって、一〇〇人から二〇〇人ぐらいのあいだだった」ハンは答えた。「ガモーリアンが多かったな。彼らは逞しくて、従順に命令に従うから、あんた方ハットは好んで使うが、正直いって、近代的な戦力としてはお粗末なもんだ。ほとんどの男は昔ながらの自分たちの武器を使いたがるし、仲間どうしの争いを仕事にまで持ちこむ。女のほうがはるかにましだし、頭も切れるし、判断力も優れてるが、女は傭兵にはならない」
 「で、きみはこの近代的な反乱軍が、苦もなくイリーシアのコロニーを占領できると思うか」
 ハンは頷いた。「ああ、簡単にできると思う」
 ハット卿は大きな目を瞬いた。「ううむ、いつものように、きみは貴重な存在だな、マイ・ボーイ。それはそうと、船に積みこむばかりのスパイスが待っているのだ。仕事に戻る準備はできているかな?」
 これはもう帰れという暗示だった。ハンは立ち上がった。ズボンの尻にジャバの皮膚の脂かすがついているのがわかる。“このズボンは処分するしかない。いくら洗っても、この臭いは消えないだろう”
 「もちろん、できてるとも。チューイーとおれはいつでも仕事に戻れるよ。<ファルコン>もこれまでより速くなってる」
 「ああ、ああ、それは結構だ、マイ・ボーイ」ジャバは大声で言った。今夜誰かに言って、どこで荷を積むか知らせよう・・・ハン、きみが戻ってよかった」
 ハンは微笑した。「ああ、ジャバ、ここに戻れて嬉しいよ・・・」


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 キビク・ザ・ハットは茫然として、従兄弟のホログラムを見つめた。「トランダ・ティルが彼らの配偶者をイリーシアに連れてきた、だと?そんなことは、誰からも聞いていないぞ」
 ベサディ一族のリーダー、ダーガは、キビクをにらみつけた。「キビク、きみはトランダ・ティル女が、自分の尻尾に座っていても気づくまい!彼らはうまく痕跡を隠していたらしく、このナル・ハッタから女たちが消えていることにわたしが気づいたのは、つい一週間前のことだ!これが何を意味するか、わかるか?」
 キビクは懸命に頭を絞った。「トランダ・ティルの司祭たちは、これまでより幸せになり、満足する、ということか?」しばらくして、彼は思いきってそう言った。
 ダーガは小さな腕を苛立たしげに振り、声に出してうめいた。「もちろん、彼らは幸せになる!」彼は叫んだ。「だが、われわれにとっては何を意味する?ベサディには?たまには頭を使ったらどうだ、キビク!」
 キビクはじっくり考えた。「女たちのために、ここに運ぶ食料を増やさなくてはならない」
 「違う!キビク、きみは何という馬鹿者だ!」ダーガはすっかり腹を立て、緑の唾を飛ばした。その唾がホロ・ビジョン・レンズに飛び散り、彼の立体映像に“穴”が開いた。「われわれは、トランダ・ティルに対する最も重要な切り札を失ったのだ、愚かな従兄弟よ!このナル・ハッタに彼らの配偶者がいないとなれば、テロエンザと彼の司祭たちはベサディとナル・ハッタから独立を企むかもしれん。そういう意味だ!」
 キビクは背筋を伸ばした。「アラクおじは、一度もそんな失敬な言い方はしなかったぞ」彼はすっかり腹を立てていた。「いつも丁重な話し方をした。きみはアラクおじのように偉大なリーダーには決してなれんな、従兄弟よ」
 ダーガはどうにか怒りを抑えた。「無分別な言葉遣いは許してくれ」彼は努力のあとがありありとわかる調子で言った。「最近は少しばかり・・・過労気味でね。アラクの死去に関して重要な知らせを待っているところなのだ」
 「ああ」ダーガがあっさりわめくのをやめたので、キビクはほっとして、口から出かかった文句をひっこめた。「まあ、きみの気持ちもわかる。で、どうすればいいかな?」
 「トランダ・ティル女たちを全員コロニー1に集め、ナル・ハッタに送り帰してもらいたい。きみ自身がその指揮を執るのだ、キビク。彼らが船に乗り、イリーシアを発ったことを確認したら、わたしに直接報告を入れてくれ。パイロットはきみが最も信頼する、腕のよい者を使えよ。旅のあいだトラブルがないように、ガードの一隊も同行させたほうがいい」
 キビクはそれを考えてみた。「しかし・・・テロエンザは気に入らんだろうな。ほかのトランダ・ティルも」
 「わかっている」ダーガは辛抱強く言った。「だが、キビク、彼らはわれわれの雇い人だ。マスターの要請に従う義務がある」
 「たしかに」キビクは答えた。ハットは銀河一優れた生物だと信じて育った彼は、これを認めるのに何の疑問も感じなかったが、自分がテロエンザに命令するという想像は、あまり愉快なものではなかった。テロエンザは狡猾で扱いにくい。ガードに命令をくだすのは、キビクではなく、いつもテロエンザだった。キビクが何かしてもらいたいことがあるときは、あの最高位司祭に頼みさえすればよかった。すると必ずそれは実行される。迅速かつ効果的に。
 だが、もしもテロエンザがこの命令に逆らったらどうなる?キビクは、配偶者をナル・ハッタに送りかえすのを拒否するテロエンザの姿が、目に見えるような気がした。そんな事態に直面したら、どうすればいい?
 「だが・・・彼が拒否したら?」キビクは訴えた。
 「そのときはガードを呼び、テロエンザを捕らえ、わたしが行くまで監禁しておくのだ。ガードはきみの命令に従うだろう、キビク・・・違うかな?」
 「従うとも」キビクは怒って言い返したものの、内心は全員が従うかどうか不安だった。
 「よろしい。それなら結構。いいか・・・きみはハットだ。世界の支配者だ。そうではないか?」
 「もちろん」キビクはさっきより少し強い声で応じ、背筋を伸ばした。「ぼくは、きみと同じようにハットだ」
 ダーガは顔をしかめたものの、口先で励ました。「そう、その意気だ。キビク、これはきみがイリーシアをコントロールしていることを示す絶好のチャンスだぞ。対処が遅れれば、状況はいっそう悪化する。テロエンザのことだ、わがベサディに反旗を翻そうと企んでいる可能性もある。きみはその可能性を考えてみたことがあるか?」
 なかった。キビクは驚いて目を瞬いた。「反旗?つまり・・・本物の暴動か?武力を使って撃ちあう?」
 「そうとも。そしてそういう暴動でまっ先に殺されるのは誰だ?」
 「リーダーだ」キビクは目まぐるしく頭を働かせながら答えた。
 「そのとおり。これで、テロエンザが悪企みを実行に移す前に、イリーシアのコントロールを取り戻す必要があることがわかったか?きみがまだボスでいるうちに?」
 キビクは自分がひどく危険な状態にあるような気がしてきた。これはまったく不愉快な状況だ。このさいダーガの助言に従うのが、最も賢明だろう。「わかった。きみの要請どおりにしよう」彼はきっぱり答えた。「テロエンザに命令し、その命令に従わせるとも。もしも彼が拒否したら、ガードに拘束させる」
 「そうとも、それでこそハットだ!結構!きみもベサディらしくなってきたぞ!トランダ・ティル女たちが出発したら、すぐにわたしに知らせてくれ!」
 「任せてくれ、ダーガ!」キビクは約束し、送信を切った。
 この問題はいますぐ片付ける必要がある。キビクは自分にそう言い聞かせた。さもないと、せっかく高揚している気分が萎み、勇気がなくなってしまう。彼はリパルサー・スレッドを使わずに、体をうねらせ、コロニー1の管理ビルにあるテロエンザのオフィスに向かった。そしてドアのチャイムを押す手間もかけず、オフィスに入っていった。
 テロエンザはデータパッドを前に、吊り椅子で仕事をしていた。彼はキビクが入っていくと、驚いて顔を上げた。
 「キビク!どうしたのです?」
 「キビク卿だぞ、最高位司祭!」キビクはたしなめた。「話がある!たったいま従兄弟のダーガと話したのだが、それによると、きみはトランダ・ティル女たちをこっそりここに連れてきたそうだな!ダーガは激怒しているぞ!」
 「トランダ・ティル女?」テロエンザは何の話かさっぱりわからない、というように目を瞬いた。「いったい、どこからそんなことを思いついたのやら、ユア・エクセレンシー」
 「ごまかしてもだめだ。女たちはここにいる。そしてダーガはそれを知っている。ぼくは次の船で女たちをナル・ハッタに送りかえせという指示を受けた。ガードに命じて、女たちをこのコロニー1に集めるのだ。そしてイリーシアを発つ船に乗せろ。すぐにとりかかれ!」
 テロエンザは考えこむような表情で吊り椅子にゆったりともたれた。彼が動いたのはそれだけだった。
 「聞こえたのか、司祭?」キビクは憤慨のあまりすっかり興奮して、背筋を伸ばした。「命令に従え。さもないと、ガードを呼ぶぞ!」
 最高位司祭はゆっくり吊り椅子からおりた。キビクはそれを見て、内心安堵のため息をついた。だが、テロエンザはインターコムに手を伸ばそうとはしなかった。「急いで手配しろ!」キビクは勢いづいて怒鳴った。「さもないと、ガードを呼び、おまえを拘束する。そして、わたし自身が女たちを船に乗せるぞ!」
 「断わる」テロエンザは静かに拒否した。
 「断わる・・・だと?」キビクは驚いて叫んだ。これまでの彼の人生では、ハット卿から直接受けた命令を拒んだ者は、誰ひとりいなかった。
 「そう、断わる」テロエンザは落ち着き払って繰り返した。「愚か者の命令に従うのはうんざりだ。さようなら、キビク」
 「何だと?おまえは死刑だ!さようならだと?」キビクは完全に混乱していた。「ここを辞めるのか?イリーシアを出ていくのか?」
 「いや。わたしは出ていかない」テロエンザは相変わらず静かな声で答えた。「出ていくのはきみだ」彼は太い脚をひくつかせ、鞭のような細い尻尾を空中に振りだして、突然頭をさげ、怒りの咆哮を発してキビクに突進してきた。
 不意を衝かれたキビクは、驚きのあまりよける暇すらなかった。長い角が胸に突き刺さる。トランダ・ティルの角は鋭くはないが、テロエンザのすさまじい勢いに、一メートル近い角が、ほとんどその根本までキビクの胸に埋まった。
 激痛に襲われ、キビクは恐怖と苦痛の入り混じった咆哮を放ちながら、小さな腕でテロエンザを叩いた。彼は尻尾を回し、トランダ・ティルを叩きつぶそうとしたが、狭いオフィスには充分なスペースがなかった。
 キビクはテロエンザが分厚くかたい肉の壁を激しく突くのを、かすかに感じた。それからテロエンザはハットの血と体液に覆われた角をぐいと引き抜いた。
 そして、再び突進するように後ろにさがった。
 喉を鳴らし、血にむせながら、キビクも後ずさった。だが、背中が壁にあたった。彼は向きを変え、逃げようとした。
 テロエンザが彼の胸にまたしても角を突き立てた。
 抜いては突き立て−
 再び突き立てる−
 いくつもの傷口から血が噴きだす。だが、どれも致命傷ではなかった。ハットの内臓は分厚い肉の中深くに埋まっているため、簡単に貫くことはできない。昔からハットがブラスター・ビームでは死なないといわれるのは、ひとつにはこのせいだが、実際には・・・大半の生物を即死させるブラスター弾も、ハットには致命傷を与えないため、攻撃者は反撃をくらってつぶされ、二発目を撃てないことが多いのだ。
 キビクは叫び声をあげて助けを呼ぼうとした。だが、喉から出てくるのは、ごぼごぼという音だけだった。テロエンザの突きのひとつが、呼吸袋を貫いたのだ。彼はインターコムに近づき、助けを呼ぼうとした。
 テロエンザはまたしても角を突き刺した。今度はその勢いで、力が抜けはじめたキビクは横倒れになり、身動きがとれなくなった。
 キビクは視界がかすんでいくのを感じた。だが、テロエンザがデスクの引き出しから何かを取りだすのは見えた。ブラスターだ。
 ハット卿はまたしても起きあがり、闘おうとした。助けを呼ぼうとした。が、力が入らなかった。苦痛があまりにもひどすぎる。目の前が暗くなり、視界がどんどん狭まっていく。キビクはその闇を払おうとしたが、それは真夜中の海の水のように、彼を呑みこんだ。


Rebel Dawn
P.240 - P.262
 テロエンザは冷ややかにブラスターを構えた。死にかけているキビクの傷口を広げ、ごまかさなくてはならない。彼は続けざま撃ちまくった。ハットの巨体が痙攣してもやめなかった。やがてキビクは焦げた肉の塊になった。
 テロエンザは荒い息をつきながら、ようやく撃つのをやめた。「間抜けめ・・・」彼はトランダ・ティル語でつぶやき、角を洗いにいった。
 そしてキビクの血を落としているあいだに、うまい口実を思いついた。イリーシアはまたしてもテロリストの攻撃を受けた。あのサレンとその部下たちが襲ってきたことにしよう。彼の言葉に異を唱える者はいないはずだ。当直のガードは全員始末する。彼らが買収されて、キビクを暗殺したことにすればいい。
 彼はつい先日、ターボレーザーを買う契約を済ませたばかりだった。この“襲撃”を口実に、あれを中庭に据え付けるとしよう。
 ガードもさらに必要だし、兵器ももっと必要だ。ジリアクに連絡をとったほうがいいだろうか?
 いや!テロエンザは大きな頭を振り、角の水を跳ね散らした。もうハットと関わるのは願いさげだ−ハットとは縁切りだ!彼が、このテロエンザが名実ともにイリーシアのボスになるのだ!そしてまもなく・・・まもなく・・・誰もがそれを認めざるを得なくなる。ほんの二、三週間。必要なのはそれだけだ。それだけあれば、彼の力を固めることができる。イリーシアの儲けをベサディに渡すのをやめ、そのクレジットで兵器を買えばいい。
 このプランに満足したイリーシアの最高位司祭テロエンザは、死んだハットの巨大な亡骸をあとにしてオフィスを出ると、始末しなくてはならないガードたちを捜しにいった・・・。


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Last Update 15/Jul/2000